戦略プロポーザル
  • バイオ・ライフ・ヘルスケア

細胞制御技術 ―細胞の潜在力を引き出す分子モダリティのシーズ創出―

エグゼクティブサマリー

本戦略プロポーザルは、生命の基本単位である細胞が様々な個性を発揮するメカニズムの理解を一層深めることによって、そのメカニズムに介入して細胞が持つの潜在力を活用可能にする分子モダリティや細胞利用技術シーズの創出を目指すものである。細胞の潜在力とは、細胞が遺伝情報の発現パターンを変化させることで様々な機能を示したり、外部からの摂動に対して応答することによって恒常性を維持したりする能力を指す。そのために、独創的な基礎・応用研究の推進による確固とした新たな土台を構築すべく、生命科学者、医学者、化学者、工学研究者らが一体となった分野融合型研究開発の推進を提案するものである。

日本は、世界でも数少ない新薬を創出できる国のひとつであるが、最近ではその創薬力の低下が指摘されている。例えば、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにおいて、日本発の新しいワクチン、新しい治療薬の開発は世界に後れを取った。

近年、従来の創薬技術では太刀打ちできない治療標的分子を制御するため、医薬品のモダリティが多様化している。今後は、モダリティの棲み分けや選択が進むと考えられる。日本が世界有数の創薬国としてのプレゼンスを維持・向上させるためには、新たな創薬モダリティを創出する創薬基盤技術の拡充が重要である。

そのためには、生命科学の基礎・応用研究を推進させながら、日本が強みを有する分子技術を更に発展させ、アカデミアと産業界が広く深く連携して様々な分子モダリティ(バイオ医薬品を除く低・中分子医薬品など)のアイデア、デザインを広く検討し、創薬基盤技術につながる可能性のすそ野を拡大することが必須である。

ヒトは数十兆個の細胞から成り立っているが、これらは500種類以上の分化した細胞に分類できると理解されている。すなわち、これらの細胞は遺伝情報の発現パターンを変化させることによって、異なる機能、性質を示す細胞に変化したり、その恒常性を維持したりすることができる潜在力を有している。しかし、これらの細胞の分化・維持の制御機構についての理解はまだ十分ではない。細胞はそもそもどのように個性を発揮し、どのように多様性を生み出しているのか、という問いに対して、近年、1細胞レベルの解析と制御可能な対象分子の範囲を拡大しつつある分子モダリティを駆使し、理解することが可能になりつつある。日本はエピジェネティクス研究、iPS、 ES細胞技術、イメージング技術やオミクス技術など、細胞の制御、理解の研究に実績がある。これらの強みと様々な標的分子を制御可能な分子モダリティの創製、利用を統合することによって、より深く細胞がもつ潜在力を理解し、特異点、標的分子を明らかにして、様々な疾患への介入、予防、治療における細胞の制御、利用技術につなげることが可能になると考えられる。これによって新たな創薬や細胞状態の制御につながるシーズを創出し、日本の製薬産業を含むライフサイエンス関連産業の競争力の強化や、バイオエコノミー社会の実現に貢献することを期待する。

以上の実現に向けて、生命科学者、化学者、工学研究者が、異分野間で相互の知識、技術を統合し、推進すべき研究開発テーマは次のとおりである。

  1. 細胞がもつ潜在力の解明・理解
    ・ケミカル・バイオロジーのアプローチ推進
    ・分子モダリティによるダイレクト・リプログラミング
    ・細胞の不均一性・可塑性、“ゆらぎ”のメカニズム解明
    ・胞集団レベルの品質管理機構の解明
  2. 細胞がもつ潜在力、その活用を評価可能にする解析技術
    ・オミクス計測技術の開発
    ・イメージング技術の開発
    ・オミクスとイメージングの統合
  3. 新たな分子モダリティの創製
    ・エピジェネティクス制御の研究
    ・キメラ化合物による標的分子制御の研究
    ・精緻な細胞運命・機能制御の研究

※本文記載のURLは2023年3月時点のものです(特記ある場合を除く)。