- バイオ・ライフ・ヘルスケア
『デザイナー細胞』 ~再生・細胞医療・遺伝子治療の挑戦~
エグゼクティブサマリー
本戦略プロポーザルは、今後、"細胞"を用いた治療が世界的潮流になることを見据え、わが国が推進すべき方向性を「『デザイナー細胞』の創製と社会実装」と定め、具体的な研究開発戦略を提言するものである。本戦略プロポーザルでは、『デザイナー細胞』を次のように定義する(※)。また、"細胞"を用いた治療を、本稿では「"細胞"モダリティ」と表記する(注:モダリティ=治療手段のタイプ)。
(※)定義・・・『デザイナー細胞』
「①細胞や微生物など」に対して、「②デザイン(人工改変)」を実施し、「③治療につながる機能強化/抑制/修復」を施したもの
①:免疫細胞/幹細胞/実質・間質細胞/微生物(細菌、ファージ、ウイルスなど)/細胞様ナノ構造など
②:操作・編集・制御技術(ゲノム編集・遺伝子導入、非遺伝子改変(培養改変など)/評価・探索技術(イメージングなど)
③:がん(血液・固形)/自己免疫疾患/変性疾患(神経・臓器など)/感染症/生活習慣病、老化/炎症など
<背景・現状認識>
これまでは、臓器・組織障害部位に幹細胞などを移植し機能再生を促す、いわゆる再生医療の実現を目指した"細胞"モダリティへの研究開発投資が国内外で続けられてきた。一方、海外の「再生医療、細胞医療、遺伝子治療」に関連するファンディング動向を詳細に分析した結果、いわゆる再生医療への支援が2010年代後半に急減し、代わりに人工改変した様々な細胞を用いて疾患の制御・根治を目指す、『デザイナー細胞』医療に近い研究への支援が急増していることが明らかになった。
そのような中で、2017年、CD19 CAR-T細胞療法(以降「"CAR-T"」)が、血液がんの一種である再発・難治B-ALL/DLBCLの患者に圧倒的な治療効果を示し、上市された。CAR-Tの登場は、"細胞"モダリティが画期的な治療法として成立することを実証した、歴史的な転換点である。CAR-T成功の背景には、低分子医薬や抗体医薬の開発で日常的に実践されている、「疾患の原因を制御するようにデザイン方針を定め、評価と改良を繰り返すことでデザインを洗練し治療モダリティとして作り込む」という設計・開発コンセプトがある。このような新たな"細胞"モダリティの潮流(=『デザイナー細胞』)において、国内外とも同じスタートラインに立った段階で雌雄は決していない。わが国の強みを糾合し重点的に研究開発を推進することで、日本発の臨床開発シーズおよび製品の創出が大きく加速し、わが国が世界で大きな存在感を示すことができる。
<研究開発の方向性>
CAR-Tは『デザイナー細胞』の最初の成功事例に過ぎず、CAR-Tは対象疾患の少なさ、高額な治療コスト、深刻な副作用、製造の困難さ、治療後の再発など、問題点は山積みである。これらはCAR-Tに限らず、『デザイナー細胞』全般にも共通する、克服すべき問題点とも言える。わが国が短期(5年)~中期(10年)~長期(15年)に亘ってインパクトの大きな『デザイナー細胞』を創出し続けるため、推進すべき研究開発の柱は次の通りである。
【柱①:基礎研究】新規デザイン方針の探索・・・重厚なサイエンスに基づく日本発の次世代デザイン
【柱②:基盤技術】デザイン技術の開発・・・自由自在な操作・編集・制御/リアル&高精度な探索・評価
【柱③:シーズ洗練】『デザイナー細胞』の具現化・洗練と製造基盤の構築・・・ヒト臨床を想定した精緻な作り込み
【柱④:評価&実装】臨床試験の推進と社会実装・・・医療技術の多面的な評価と社会への普及・展開
<期待される効果、社会経済的インパクト>
本戦略プロポーザルの推進から期待される効果としては、短期的(5年後)には、改良型CAR-T/TCR-T/NK/NKT細胞療法などの臨床試験・上市が大きく進展すると見込まれる。中長期的(10~15年後)には、多種多様な免疫細胞(制御性T細胞、γδT細胞、マクロファージなど)や幹細胞(iPS細胞、ES細胞、MSC、組織幹細胞、造血幹細胞など)、微生物(細菌、ファージなど)などに対し、様々なデザインを施すことで疾患の制御・根治治療が次々と実現すると見込まれる。
『デザイナー細胞』を中心とした"細胞"モダリティは、2030年には10~30兆円規模の巨大市場を形成する可能性がある。黎明期にある今から取り組みを開始することで、わが国は大きな存在感を発揮できる。
※本文記載のURLは2021年3月時点のものです(特記ある場合を除く)。
2021年4月23日、第2版公開