- 横断・融合
科学技術イノベーション政策における社会との関係深化に向けて 我が国におけるELSI/RRIの構築と定着(—The Beyond Disciplines Collection—)
エグゼクティブサマリー
科学技術の発展に伴って生じる倫理的、法的、社会的課題についてあらかじめ研究し、対処するための取組がELSI (Ethical, Legal and Social Issues:倫理的、法的、社会的課題)であり、米国のヒトゲノム計画で初めて本格的に取り組まれた。欧州においては、研究からイノベーションまでの過程全体を通じて、多様なステークホルダーが参画し、社会のニーズや期待に合致するような形で科学技術を推進するための取組が、RRI(Responsible Research & Innovation:責任ある研究・イノベーション)として発展してきている。
我が国においても、第5期科学技術基本計画において、多様なステークホルダーが双方向で対話・協働し、それらを政策形成や知識創造へと結び付ける「共創」を推進することが重要であるとされている。しかし、それらの取組の具体化と実行は、これまで限定的なものにとどまっている。
持続可能性と多様な社会的価値を踏まえた社会・経済の発展を実現するためには、「共創的科学技術イノベーションの実現」を科学技術イノベーション政策を推進する上での戦略的な柱として改めて位置づけ、ELSI/RRIに関する幅広い取組を研究開発・イノベーションの取組と一体化して着実に進めることが必要である。
その際の取組の方向性と、当面特に重視すべき取組として、以下のものが挙げられる。
取組の方向性
- 多様なステークホルダーとの協働を促進する仕組みの構築
社会の多様な価値を反映した科学技術イノベーションの実現のためには、科学技術イノベーション政策を科学コミュニティに閉じた取組とするのではなく、科学者、市民、地域住民、企業、行政、NPO/NGOなど、社会を構成する様々なステークホルダーが参画する取組として、国全体の科学技術イノベーションのシステムを開いていくことが重要である。 - 持続的な取組と組織・人的ネットワークの形成
「共創」のためのELSI/RRIの取組を持続的に推進するとともに、それを担う組織および人的ネットワークの形成を進めることが必要である。従来のような時限的なプログラムではなく、多様な専門性をもった人材の参画を促しつつ、継続的に活躍できる環境を整備する必要がある。
当面重視すべき研究開発の取組
研究開発・イノベーションプログラムへのELSI/RRIの組み込み
- 政府やファンディング機関が実施する、社会的影響が大きいと想定される科学技術に関する研究開発プログラムにおいて、研究開発の予算の一定割合をELSI/RRIの取組に充てることや、研究開発プログラムの実施計画の中にELSI/RRIに関するテーマを設定することにより、研究開発・イノベーションのプログラムと一体化した形でELSI/RRIの取組を組み込むことが必要である。
- ELSI/RRIの取組を支える基盤の強化
1.のようなELSI/RRIに関する取組や活動を支援するため、多様なステークホルダーが参画する場の運営や意見集約などのELSI/RRIに関する専門的能力を持つ組織の機能強化やそれを担う人材の育成などの取組を合わせて行うことが必要である。また、そのような場やプロセスに各種情報やデータ、様々な知見を集約、分析し、提示する組織や機能の強化も必要である。 - ELSI/RRIの推進体制の構築
上記1及び2の取組を進める上で、重要な役割を担う政府やファンディング機関等において、ELSI/RRIに関する取組の推進を担う部署を定め、責任ある推進体制を構築することが必要である。また、これと合わせて、ELSI/RRIに関わる関係者が自主的なネットワーク、コミュニティを作り、関係者自らELSI/RRIに関する活動や取組、新たな手法やツール、認識されている課題や問題点等に関する情報共有や検証を行っていくことも必要である。
※本書は、令和元(2019)年8月に発行した調査報告書「科学技術イノベーション政策における社会との関係深化に向けて/CRDS-FY2019-RR-04」(ISBN 978-4-88890-651-7)の内容を再録したものである。