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バイオ材料工学 ~生体との相互作用を能動的に制御するバイオアダプティブ材料の創出~

エグゼクティブサマリー

 「バイオ材料工学」とは、生体組織や細胞、体液などの生体を構成する成分と材料の間にはたらく生体/材料相互作用メカニズムに立脚して、材料設計・創製・評価をおこなうことを意味する。本提言では、多様な生体環境に適応して相互作用を能動的に制御する材料を「バイオアダプティブ材料」と定義し、バイオ材料工学の推進によりバイオアダプティブ材料を創出するための科学技術的基盤の確立を目指す。

 生体組織や細胞、体液などの生体を構成する成分に接して利用される材料(バイオ材料)は、生体となじみやすい性質、すなわち生体適合性を有することが必須である。加えて、近年の医療・健康ニーズの多様化や医療技術・機器の高度化に伴い、バイオ材料には生体現象を制御するためのさまざまな機能が求められている。例えば、体内の損傷部位に細胞を誘導して組織再生を促す材料や、生体とリアルタイムに物質や情報をやりとりして診断・治療をおこなう材料などの実現が望まれている。しかしながら、多様かつ複雑な生体環境における生体適合性発現のメカニズムや生体/材料相互作用には不明な点が多く、バイオ材料の研究・開発には経験的な試行錯誤に依存せざるを得ない面のあることが、この分野の進展の障壁となっている。

 このような状況を打開するための戦略として、本提言では、生体環境に適合する材料の探索という概念から抜け出し、生体との相互作用を積極的に活用して能動的に制御する機能をもつ材料を設計・創製すること、すなわち、バイオアダプティブ材料の創出を目指すことを提案する。生体との相互作用を積極的に活用することで初めて実現可能な機能をもつ材料、具体的には、生体現象を制御する機能をもつ材料や、現状の網羅的探索の延長では達成不可能な極めて高い生体適合性を有する材料の創出基盤の構築を目指す。バイオアダプティブ材料の創製には、バイオ材料工学の推進によって、生体と材料の間にはたらく相互作用のメカニズムを理解した上で、相互作用を制御するための材料設計指針を打ち立てる必要がある。

 バイオ材料工学の推進においては、時間的・空間的に変化する複雑な生体環境と材料との相互作用を担う実体について定量的に理解し、相互作用に起因して生じる経時的かつ多階層な生体現象を制御する技術的基盤を構築することが重要である。そのために取り組むべき研究開発課題として、本提言では、以下の4つを提案する。
 ① 生体/材料相互作用によって生じる現象の理解
 ② 多様な生体環境における定量評価・計測を実現する新技術・装置開発
 ③ バイオアダプティブ材料の設計・創製
 ④ 実用化を促進する評価基盤構築

 これらの研究開発課題の遂行には、さまざまな材料系の構築や界面計測・定量解析をおこなう理学・工学系研究者に加え、生体分子や細胞、小動物を使った研究が可能な生物学研究者、新しい医療・健康技術や治療法を模索している医学研究者などによる連携・融合が欠かせない。また、研究対象が実際の医療・健康ニーズから乖離することを防ぐため、課題設定の段階から材料系研究者と医学系研究者を中心に、異分野の研究者が十分なコミュニケーションをおこない、材料が使用される生体環境場の科学的な定義と、創製すべき材料・機能の共有を図る必要がある。研究者の連携・融合を促進するための場の構築、また、異分野融合・医工連携に基づいて形成されたチームによる共同研究を長期的に推進可能とする研究環境が求められる。加えて、バイオ材料の研究・開発では実用化の難しさが課題である。バイオ材料工学の推進によって得られた研究シーズを育成し、効果的に実用化研究へつなぐための支援体制を構築することが求められる。