調査報告書
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医療研究開発プラットフォーム —大学病院における研究システムの海外事例比較—

エグゼクティブサマリー

 本調査では、アメリカ・オランダ・ドイツ・韓国・日本における先進的大学病院を主たる対象として事例分析を行った。特に各機関において、たとえば組織や財務、ガバナンス等に着目して医療研究開発を行う制度・システム(医療研究開発プラットフォーム)を俯瞰した。その結果、各機関において、医師(MD)と医師でない研究者(PhD)がそれぞれ研究を推進しやすくなるための要素を抽出、構造化できた。対象とした諸外国の事例に共通する基盤的要素として、大学病院の組織的、ないし財務的区分が明らかとなった。
 各国で見られたように、大学病院の財務的区分は、病院経営陣が経営と研究・教育を一体とした戦略を立案・実施する上で、重要な施策たり得る。日本においても、大学病院の財務的・組織的区分を模索する動きは見られる。特に、地域医療連携推進法人制度を活用した大学病院の別法人化は、最も先駆的な取り組みである。中でも議論を先導し、パイロットケースとして注目を集めた岡山大学の岡山大学メディカルセンター構想は、大学ならびに病院にとってのメリットを裏付け、リスクを回避・解消する法的根拠が十分に整備されなかったこともあり、現時点では実現に至っていない。大学の構造改革によって大学病院を別法人化した海外事例では、病院が自立運営できるようなシステムを考慮し、法制度がそれを保証している。大学病院の財務的・組織的区分が、必ずしも絶対的解決策になるとは限らず、区分した会計の明示、医学部附属病院の部局化など、先に実践しうる方策は存在する。加えて、対象大学病院が存在する地域特性や、大学・病院の歴史などによっても、財務的・組織的区分の実現可能性や効果は影響を受ける。その上でも、やはり組織的区分を検討するのであれば、「国立大学附属病院法人法」のような制度を議論せざるを得ないだろう。
 対象とする大学病院に関する制度にとどまらず、メタ制度、たとえば健康保険制度や大学制度なども議論の対象となるかもしれない。日本においては、MDでない研究者が積極的に医療研究開発に参入し、これまで研究費の財源となっていなかった医療費(診療報酬)と研究費が一部連動するようになること、すなわち医療研究開発の門戸開放が長期的に重要であろう。そのためには、大学・省庁・研究機関等の内部あるいは相互における縦割りを緩和するため、たとえば国立研究開発法人の研究部門の統合もしくは有機的連携、理学部・工学部の教育改革等、メタ制度も検討すべきと考えられる。
 大学病院の財務的・組織的区分は、容易に実現できる方策ではなく、必ずしも十分なメリットを享受できるとは限らない。そのため、財務的・組織的区分に依存せず、医療研究開発の推進に貢献する施策も検討する必要がある。第一に、MDでないPhDが医療研究開発で活躍できる環境整備が挙げられる。調査対象で広く見られたように、MDとPhDが連携したり、PhDが独立して医療研究開発に従事したりできるようなプラットフォームが求められる。
 研究能力が高く、外部研究費を多く獲得するPhDを医学部や病院で雇用することも重要である。そのためには、PhDにとってのインセンティブを創出しなければならない。たとえば海外事例で見られるプロジェクトポストの柔軟な運用、高い間接経費比率やオーバーヘッドと関係する医学部・大学病院の人事裁量権は、日本における研究資源の獲得戦略を検討する上でも重要な論点となる。
 日本の大学の教員人事ではインパクトファクター(IF)を重視しており、研究推進戦略も「大物狙い」になっている可能性がある。これは研究の多様性を損ない、イノベーションの可能性を減少させる要因となる。一方で、調査対象の各国では、各種ランキング等の近年の大学評価に寄与すると考えられる被引用数や、HCP数を重視した研究推進戦略を採用していると考えられる。今後ますます国際化が進展する高等教育・研究領域で、優秀な若手人材を獲得するためには、IFから被引用数、HCP数など、大学の国際的評判に貢献する研究業績を評価した人事や研究費配分も有効たり得る。
 海外事例からは、産官学連携をはじめとした外部機関との連携の中で、MDとPhDの連携を促進する方策も示唆される。学内の縦割り構造による意思決定や会計の硬直性は解決すべき課題ではあるが、産官学連携を推進するための拠点形成政策は、すでにわが国の大学でも多数実施されてきた。さらなる連携促進のためには、PhDの雇用機会や、MDとPhDが連携して研究を実践する場を増加させることが必要であろう。