俯瞰ワークショップ報告書
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ナノテクノロジー・材料分野 領域別分科会 「ナノテクノロジーのELSI/EHS」

エグゼクティブサマリー

 本報告書は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)が平成28年2月6日に開催した『俯瞰ワークショップ(WS)ナノテクノロジー・材料分野 領域別分科会「ナノテクノロジーのELSI/EHS」』に関するものである。

 ナノテクノロジー・材料科学技術は、様々な分野のイノベーションを担うエンジンとして期待されている。その期待は、ナノテクノロジーを支えるナノ材料が従来の化学物質や材料とは異なる新奇で優れた特性を有していることに由来するが、同時にナノ材料は健康や環境に対して未知の影響をもたらす可能性を含んでいる。ナノ材料のリスクは適切に評価・管理されなければ、アスベストやPCBのように健康や環境へ悪影響を与えることを懸念する声がある。また、食品における遺伝子組み換え技術のように、潜在的に有用な技術であるとされているにもかかわらず、リスクへの漠然とした不安から、社会が拒絶する可能性もある。そのため、研究者、事業者、消費者、行政が、それぞれの立場からナノ材料のリスクに関心を寄せ、検討が行われてきた。ナノ材料の安全性に関する国際的な関心が高まって以降、各国および国際的な評価機関からは様々な意見や提言が公表されている。数年前までは、技術的な背景や推定される市場から予想されるリスクの概要が述べられ、将来的な課題解決に向けて分野横断的な技術開発や安全性データの蓄積が必要であるといった一般論に終始しているものが殆どであった。近年は、欧州や米国の規制当局から、より具体的なリスク評価に関する指針などが公開されるようになってきており、最終製品としての規制や管理がより具体化しつつある。

 ナノテクノロジー・材料に関する健康・環境への影響やリスクの評価・管理は国際的課題として取り扱われている。ナノ材料に関する安全性の研究は、ナノテクノロジーゆえの新たな物性や機能を持つために大きなリソースを要することから主として公的施策として取組まれてきている。研究開発項目としては、リスク評価手法およびリスク管理手法の確立につなげるための、医学的な解析、および動物試験、スクリーニング試験などの評価手法の開発がある。ナノ材料の場合、従来の化学物質においては大きな問題とされなかった表面活性、凝集性、粒子性状、分散性などの諸要因が評価結果に影響すると考えられるため、対象試料ごとの分散処理法開発などが検討されている。また、リスク評価結果の知識基盤整備や、社会への情報提供とコミュニケーションの仕組みの構築が求められている。

 諸外国では国家計画レベルでのナノテク政策の役割を、将来の産業の要となる新市場の創出と雇用拡大と位置づけており、従来は安全性評価・管理は社会の懸念を払拭し安寧を担保するための、環境・健康・安全面(EHS:Environment, Health and Safety)あるいは、倫理的・法的・社会的問題(ELSI:Ethical, Legal and Social Issues)に関する公共福祉的側面が強かった。しかし、近年はナノテクからもたらされる利益を確実に社会へ還元するために、安全性に関連する国際標準化の体系を構築し、自国利益を戦略的に最大化することが意図されている。

 ワークショップでは冒頭の趣旨説明において、ナノテクノロジーのELSI/EHSに関する背景・経緯、国際的な枠組みでの推進状況および日欧米の取り組み状況等を振り返り、続いて各発表者より話題提供および質疑を行った。各発表者からの話題提供では、カバーする各分野項目について動向と課題認識の説明があった。最後に総合討論として、毒性評価技術、リスク評価体制 および 新興技術としての戦略的取り組み の3項目について議論した。