- 海外動向
主要国と中国の科学技術協力
エグゼクティブサマリー
本報告書は、欧米の主要国が中国の科学技術の現状をどのように認識し、中国とどのように科学技術協力を進めようとしているかについて、調査分析したものである。内容は大きく二つに分かれており、第一部では基本的な考え方を、第二部では中国全土に展開する協力現場の状況を記述している。前者については、2014年に北京を訪問し、在北京の各国大使館関係者や研究機関関係者と意見交換をして、取りまとめた。その際、出版物やHP上で得られた情報も参考とした。後者は、各国の基本的な考え方を受けて、それぞれの国が最も典型的なものと位置づけている個別の協力に関し、研究機関や大学を訪問して関係者をインタビューした結果をまとめた。
中国の科学技術の現状をどのように見ているかについては、欧米主要国でそれほど差がない。かつては、中国の研究開発レベルはそれ程高くなかったが、経済の発展とともに大きく様変わりした。とりわけ21世紀に入ってからの中国の躍進振りを、各国とも驚異の眼で見ている。現在、購買力平価換算の研究開発費では日本を抜き去って、米国に次ぐ世界第二位の位置にある。研究人材についても、中国本土でのポストの増加や海外人材招致政策の浸透などに伴い外国で留学や研究をしていた研究者が続々と帰国して、今や研究者数では米国を凌駕して世界第一位である。施設設備や実験装置も、欧米や日本などと比しても遜色なく、むしろ世界最新鋭、最先端にある。
しかしそれに見合う成果を得ているかというと、各国の関係者は不十分であるという見方を一致して取っている。中国では外国の侵入、内乱などの混乱の時代が続き、落ち着いて近代科学技術の研究開発を開始したのは文化大革命の終了後であるから、高々40年程度しか経っていない。このため、科学技術を育む文化的土壌が十分でないことが、現在、十分な成果を挙げていない原因の一つと考えられる。
そのような中国と科学技術協力を行う必要があるかどうかについて、各国の考え方ははっきりしており、協力自体を否定する国はどこもない。ただし、協力の仕方については、各国に違いがある。
米国は、現在、中国の最大の協力相手である。米国の場合、政府だけでなく民間、大学などが、それぞれの思惑に応じて比較的自由に協力を行っている。民間会社であれば、中国の巨大市場を念頭において、或いは中国を大きな研究人材供給源と見て、中国と交流を進めている。大学であれば、大学経営の観点から留学生の確保、研究ポテンシャルの強化等の観点から、やはり中国との協力に積極的である。これらの活動により、中国と米国の協力関係は米国内でも中国本土でも相当のボリュームとなっている。一方米国政府では、安全保障上の観点から比較的限られた部分での協力が中心であり、例えば地球温暖化対策などが重点的に実施されている。
ドイツも中国との協力に熱心であり、主要先進国の中では比較的早く協力を拡大した国の一つである。特に、自動車産業を中心としたドイツ産業界が巨大な中国市場をにらみ協力を牽引してきたことや、フラウンホーファー等の研究団体が積極的に中国との研究協力を進めてきたことが大きい。人的交流も盛んであり、ドイツに留学し研究をした人材が、政府や大学等で活躍している。現在進められている協力テーマとして、青島市などにおける水処理が特徴的である。
英国は、世界でも学術研究に優れている大学を擁し、中国も相当数の留学生を派遣しているが、中国の経済を支えている製造業において英国の存在感は薄く、協力が十分に進んでいなかった。しかし英国は、近年漸く中国の科学技術ポテンシャルの巨大さと重要さを認識し、インドなどを含めた発展途上国との科学技術協力に対する資金枠である「ニュートンファンド」を創設するなどにより、協力の拡大を目指している。
フランスも、従来から積極的に中国との協力を進めてきた欧州主要国の一つである。フランスが強いライフサイエンス研究、ICT等の分野で着実に協力の実績を積み重ねている。
イタリアは元々自国の科学技術ポテンシャルがそれほど大きくないため、他の欧州諸国ほど全面的に協力を拡大しているわけではないが、素粒子物理に代表されるビックサイエンスの分野や、イタリアが強いデザイン分野などで協力を進めている。
EUも中国との科学技術協力を重視しており、英独仏等の主要国の協力の実情を踏まえつつ、フレームワークプログラム7の後継であるHorizon2020を重要なツールとして協力の拡大を進めている。EUの協力は、北欧諸国や東欧諸国など、単独ではなかなか協力を進めづらい中小国と中国との仲介役として重要である。
オーストラリアも中国との協力を拡大しようとしている。英語圏であるという強みを生かした中国からの留学生獲得は従来から積極的であったが、中国の科学技術レベルの発展に伴い、研究協力も今後拡大していこうとしている。
日本は、大学を中心として数多くの留学生や研究者を中国から受け入れてきた実績があり、現在もその遺産がある。しかし、近年の欧米主要国との協力の緊密化や日中間の政治的な軋轢などにより、科学技術の協力相手としての地位が相対的に低下している。本報告書で示した欧米主要国の対中国科学技術協力の実情を十分に踏まえて、今後の日中間の科学技術協力戦略を再検討していくことが重要である。