日本における数理科学とその革新:過去、現在、そして将来の展望

エグゼクティブサマリー

数理科学とは、数学を基礎とし現実世界の理解に数学を応用する分野である。数学は、自然現象や社会現象を記述・理解するための共通言語として、科学全体を支える基盤的な学問である。そのため、数理科学には、対象を抽象化し一般化する「抽象性」や「普遍性」、さらに演繹的思考を支える「論理性」が備わっている。その特長に基づいて人工知能(AI)などに代表されるデータ駆動型の帰納的研究手法やその成果を、人間が適切に理解・活用できるようにすることは、数理科学の役割の一つである。それゆえ、デジタルトランスフォーメーションやサイバーフィジカルシステムの推進において数理科学の存在感が高まっている。

わが国では、報告書「忘れられた科学-数学」(科学技術・学術政策研究所(NISTEP) 2006)において、海外先進国と比較して数学の応用研究およびそれを担う人材が不足している点が多く指摘された。このことは日本数学会など、数学コミュニティーに強い衝撃を与え、徐々にではあるが、応用研究を意識した活動は増える兆しが見えて来た。その指摘を契機に、文部科学省に設置された数学イノベーション委員会による報告書「数学イノベーション戦略」(2012/2014)、「数学イノベーション推進に必要な方策について」(2016)が取りまとめられた。これらの報告書において、諸科学の共通言語である数学の持つ力を十分に活用して、さまざまな科学的発見や技術的発明を発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を創出する革新を生み出していく「数学イノベーション」の必要性と、その推進にネットワーク体制(相談窓口や情報共有・展開、人材育成、キャリアパス構築など)の整備の必要性が強く指摘された。

それらと並行して、数学イノベーションに資する施策が多く打たれた。研究ファンディングとしては2007年以降、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業が実施された。また、産業数学の拠点である九州大学マス・フォア・インダストリ研究所(Institute of Mathematics for Industry: IMI)が2011年に設立され、サイバーフィジカルシステムを実装するロート製薬グループ全体のスマート工場化の取り組みなどの成果が得られた。さらに数理科学に関わる機関によるネットワーク体制として事業「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム(Advanced Innovation powered by Mathematics Platform: AIMaP)」(2017-2021)が実施された。

これらの取り組みにより、2007年以降、数理科学に関する応用研究や産学連携、それらに携わる人材育成が推進されたが、AIMaPの中間評価では産学連携のノウハウの水平展開や、企業や他学会等と数学界との協働に向けたマネジメントについて、一定の評価がなされつつも不十分であるとの指摘が残った。すなわち、日本において数理科学に携わる人材育成、産学連携、頭脳循環が限定的にしか行われていないといった状況が続いている。

本報告書はわが国の「数学イノベーション」のさらなる進展に資するため、1.歴史的な背景、2.実問題に資する数理科学的なアプローチ、3.わが国における数理科学と産業界との関わり、4.米国や欧州などの動向を整理し、今後の課題の抽出を試みた。その上で、本報告書は次の一手として数理科学の新たなエコシステムを提案している。

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