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ジェンダード・イノベーションの潮流 -セックスとジェンダーを考慮した研究・イノベーション-

エグゼクティブサマリー

「ジェンダード・イノベーション(Gendered Innovations)」とは、「生物学的性(Sex)・社会的・文化的性(Gender)に基づいた分析を行う研究、およびその結果を取り込むことによって創出されるイノベーション」のことである。この概念は、日本でも少しずつ知られるようになってきた。国の政策においても、法に基づいて中長期的な政策方針を定める基本計画の中で、ジェンダード・イノベーションの推進が謳われている。ただし、その具体的な政策実行までは至っていないのが日本の現状である。

そこで、JST-CRDSではジェンダード・イノベーションに関する8ヵ国・地域の政策動向について調査を行った。また、国際動向に鑑み日本でも喫緊の課題であることが明らかとなったことから、科学技術・イノベーション政策として今後取り組んでいく方向性についても検討を試みた。

セックスとジェンダーを考慮した研究・イノベーションに関する海外の取り組みを概観すると、注目すべき二つの動向が見えてきた。一つ目は、研究開発におけるセックスとジェンダーの考慮の欠如に対する意識の向上や、性に対するアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)への認識の高まりである。例えば、AIには、学習データの偏りによって人種や性別に基づくさまざまな偏見や差別が潜在的に含まれていることは、もはや世界的に周知の事実である。また、医薬品開発や自動車などの工業製品では伝統的にオスや男性が基準とされてきたが、これが女性や高齢者などの安全性を損ねる要因となっていることも明らかとなってきた。言い換えれば、性へのアンコンシャス・バイアスは負の影響をもたらすリスクであるとともに、それを積極的に取り除くことで新しい研究・イノベーションに結び付く可能性を開くのである。

二つ目は、社会・倫理的側面と科学の側面の両方から、セックス・ジェンダーへの考慮が強く求められていることである。これは、EDI(Equity, Diversity and Inclusion: 公平性・多様性・包摂性)への社会的要請の高まりとも関連しているが、それだけではない。セックスとジェンダーを考慮した分析を組み込むことは、責任ある研究・イノベーションの取り組みであると同時に、科学知識の質的向上につながることが明らかとなってきている。このことからNature やLancet などのハイインパクトジャーナルでは、論文投稿者に対して研究の中でセックス・ジェンダーをどのように考慮したのかについての記述を求めており、適切でない場合には不採択となる可能性が高まる。また、EUのHorizon Europeや、カナダCIHR、米国NIH、ドイツDFG、英国UKRI-MRC、フランスANRといった資金配分機関でも、研究デザインにセックスとジェンダーを組み込むことが義務付けられ始めている。これらの動きは、特に国際的な研究開発や国際連携に取り組もうとする研究者や大学等研究機関に、大きな影響をもたらすことは明白である。

世界の科学研究の潮流として、より良い科学を目指し、セックスとジェンダーを考慮した研究・イノベーションへの取り組みが標準化されつつある。科学技術・イノベーション政策としての方策や仕組みづくりがまだ進展していない日本として、これからどう取り組んでいくか。行政府や資金配分機関、大学や研究所など科学技術・研究に関わりの深い機関をはじめ、多様な分野の学協会や研究者間での議論の深化に向けて、本報告書がその一助となることを願っている。

※本報告書の参考文献としてインターネット上の情報が掲載されている場合、当該情報はURLに併記された日付または本報告書の発行日の1ヶ月前に入手しているものです。