2021年11月26日

第65回「基礎研究の強みをイノベーションにつなげるには 「日本の生きる道」スタートアップ・エコシステム構築」

※この記事は「科学新聞2021年11月26日号」に掲載されたインタビュー記事です。

日本では、どうして新型コロナのワクチン開発が遅れてしまったのか。継続的な感染症研究が不十分だったことなど、いくつかの課題があったとの指摘があるが、ライフサイエンス・臨床医学分野の俯瞰報告書や調査報告書からは、ワクチンに限らず科学技術を社会実装につなげるイノベーションエコシステムが確立していないという構造的な要因とこれからの日本が進むべき道が見えてくる。

ライフサイエンス分野の研究開発は大きく進展した。戦後、分子生物学が勃興し、1970年代に遺伝子工学が発達し、80年代からはEBM(根拠に基づく医療)やコホート研究の重要性が認識されてきた。また計測・分析技術の発展により、分子生物学からシステムバイオロジーへと進化し、ゲノムやオミックスなどの膨大なデータを扱えるようになったことで、研究開発そのものもDXが進んでいる。研究力の向上にはこうした技術進展に合わせた研究環境の整備が欠かせない。

俯瞰報告書では、36の研究領域(ゲノム医療、微生物分子生産、免疫、マイクロバイオーム、ケミカルバイオロジー、計測×AI等)について世界の動向を調査し、医薬モダリティの多様化、医療・ヘルスケアのDX、バイオエコノミーの実践という大きな潮流の中で、15のトピックス(注目動向)を総括している。国際的に比較すると、米国は全分野で基礎から応用まで圧倒的に強く、欧州も英国、ドイツを中心に存在感を発揮している。中国は基礎研究、応用研究でそれぞれ複数の強みを持っている。
日本は、基礎研究で複数の領域に強みを持っているが、応用研究で強みを持つ領域は基礎研究の半分以下だ。基礎研究の強みが必ずしも応用に向かっていない。

36領域について、俯瞰報告書に出てくるプレイヤーを見ると、世界全体では大企業333社、ベンチャー277社とほぼ同数になっているが、日本はバイオ系ベンチャーの数が少ない。島津博基フェローは「mRNAワクチン、遺伝子細胞治療、リキッドバイオプシー、1細胞オミックス解析、AI・自動化など、15のトピックスのうち13は、ベンチャー(そのほとんどは大学・国研発)によってイノベーションが引き起こされています。しかし日本では大企業が研究開発の主体となっており、スタートアップ・エコシステムが構築できていません」と指摘する。

米国FDAが2016~20年に承認した新薬228製品のうち、28%が2000年以降に設立された企業由来であり、1990年以降に設立された企業からは47%の新薬が創出されている。また大学や国研からも6%の新薬が創出されている。

新薬開発の主体にベンチャーが出てきた要因は、80年前後に相次いで出現したバイオベンチャーによって、2000年前後にバイオ医薬品が実現し、新しい科学技術が新薬につながり、一大市場が形成されることが実証されたため、スタートアップへの出資環境が成熟し、資金調達が容易になったことが大きい。日本はバイオ医薬品で後塵を拝したが、その教訓が生かされぬまま今回のワクチン開発の遅れにつながった。

バイオ分野ではスタートアップ立ち上げ後の1~2年で平均30億円の資金が集まるようになってきた(日本は5億円前後)。遺伝子治療や細胞治療などのプラットフォーム技術と医薬シーズのハイブリッド型ベンチャーは設立後3年程度でIPO(上場)し、AIや次世代シーケンサーなどのプラットフォーム技術系ベンチャーでは、未上場の状態で必要な資金を調達し、成長に向けた準備期間を十分に長く取ることでユニコーン化していくプロセスが確立している。従来ワクチン開発は3~4年を要したが、コロナ禍において、新しいモダリティであり画期的なmRNAワクチンが1年という超短期で実現した。コロナ前の段階で、ビオンテック社は800億円、モデルナ社は2000億円を超える資金を調達し、企業との共同研究からも別途資金を得ている。

テクノロジーが進化したことで、医薬モダリティは多様化している。これに対して、製薬企業は自社開発ではなく、M&Aや協業でスタートアップ・ベンチャーを活用している。実際、海外製薬大手9社は14~20年までの間に、アカデミア由来ベンチャーだけで130社を買収。一方で日本の製薬企業もアステラス等が買収を行っているが、日本発のベンチャーを買収した事例はほぼない。ベンチャー企業は一般的に設立から10年で資金回収を求められるが、創薬は10年で実現しないことが大半であるため、見込みのあるベンチャーが10年以内に買収されるというM&A市場の成熟も必要なのである。

島津フェローは「ボストンなどでは、各ステークホルダーがリスクとリターンをシェアし、知識を基盤とする産学官が集約され、ベンチャーの成長を促す制度があり、人、知識、金が循環するエコシステムが構築されています。特に大学発のスタートアップの活躍の結果、研究力とイノベーション力は両輪・表裏一体となっています」という。しかし日本の現状は、新しい科学技術の創出、基礎研究者の起業意識、起業や商業化に関する多様な人材、スタートアップへの資金供給など、多くの要素が不足しているし、大学と企業、基礎研究とイノベーションの政策が分断されている。

日本型エコシステム形成には、企業、行政、起業家や投資家、学術界から構成される、コミュニティの形成を通じて、情報、人材、資金等が自由かつオープンに交流することで『多くの智慧が交差する場』を抜本的に推進・強化していくことが必要だという。

具体的には、国やFAは新しい科学技術を生み出す研究力強化のための基盤整備を進め、大学はバイオも経営もわかる起業化人材(修士・博士学生)の育成に取り組み、大学とFAが連携して、大学等シーズの起業の促進/シーズを事業化できる人材と研究者とのマッチングを行う。特にアーリーステージのスタートアップに対して、大学等の共同研究(基礎研究)を促進(優遇)、知財の海外出願支援、官民ファンドによる出資の大幅な拡充(VCとの共同出資)。国や自治体には、海外からの出資の呼び込み/海外にもベンチャー拠点の設置/海外でのイグジット等の支援が求められる。

島津フェローは「近年、日本でも第二次大学発ベンチャーの波が来ており、スタートアップは着実に増えてきています。アカデミア発ベンチャーを作りやすい環境、成長する環境を構築することで、日本にも勝ち筋があります」と力強く語った。

(「科学新聞2021年11月26日号」掲載)

フェロー紹介

島津 博基(しまづ ひろもと)

CRDSライフサイエンス・臨床医学分野ユニット

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