第242回「未来洞察① 科技政策のカギに」
「兆し」の把握
技術革新が急速に進み、科学技術が産業構造や社会生活にもたらす影響が広範かつ複雑になっている。こうした状況下で、科学技術・イノベーション(STI)政策を推進していくにあたり、新たな事態の展開やリスクが顕在化する前に、未来に対する想像力を働かせた先見的な洞察が各国で実施されている。
未来を洞察するためには、科学技術の発展や社会変革の兆し、経済や環境への影響、倫理的・法的・社会的課題、安全保障上の含意を幅広く俯瞰する必要がある。諸外国は、科学技術の進歩による影響やその範囲、展開を想定しながら、研究開発戦略の策定や研究開発プログラムの設計を試みている。
例えば、欧州のFutures4Europeという未来洞察に関するプラットフォームは、欧州連合(EU)で実施されている複数年にわたる研究助成プログラムの後継の制度設計に向けて、「イノベーションと知的財産規制」や「農村と海洋における自然利用」など八つの重要テーマに関する政策提言を今年2月に公表した。
未来洞察の目的は未来を正確に予測することではなく、多様なステークホルダーと共に個人や社会の価値観を考慮して、「ありたい」未来を共創することである。未来洞察のプロセスへの参画を通して、将来起こりうる多様な可能性に意識を向け、潜在的な機会を探ること自体に意義がある。
そのため、洞察のプロセスでは、質の担保と併せ、実施に関わる手続き面への考慮や、現在と未来を橋渡しするための常識や慣例の問い直しを同時並行で進めることが重要である。
機能の内製化
このような性質ゆえ、諸外国では未来洞察の機能を外部機関に委ねず、行政機構に内製化する必要性が強く認識されている。同時に、幅広い知見を集めるため、産業界やアカデミアと連携しながら未来洞察の手法の改善が絶えず図られている。また、未来洞察に関わる国際的なネットワークも構築され相互に学ぶ機会が意識的に作られている。
日本でも各府省や公的研究機関などにおいて、STI政策と関係の深い未来洞察が実施されているが、実施主体ごとに取り組みが細分化している。多様なステークホルダーによる連携や共同作業が今後のカギになるだろう。
※本記事は 日刊工業新聞2024年5月31日号に掲載されたものです。
<執筆者>
加納 寛之 CRDSフェロー(STI基盤ユニット)
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。2020年5月より現職。科学技術・イノベーション政策についての調査業務に従事。
<日刊工業新聞 電子版>
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