2023年12月1日

第221回「持続可能な食料システムに変革」

環境負荷の要因
「食」は健康や文化と深く関わり、毎日の生活に身近なものである。一方、食料の生産から消費に至るまでの一連の食料システムが、環境負荷の大きな要因となっている。国連機関によると、温室効果ガス(GHG)排出の30%、生物多様性損失の70%、森林破壊の90%は食料システムに起因するとされる。

2050年、世界の人口は100億人に達すると予想され、食料需要の大幅な増大が見込まれるなか、環境への負荷を考えずに現行の食料システムをそのまま拡大することは不可能に近い。環境負荷低減と食料需要の充足を同時に達成する、持続可能な食料システムへの抜本的な変革が地球規模の喫緊の課題だ。

国家主導の動き
食料システムによる環境負荷の中では、畜産によるものが最も注目されている。GHG排出の15%がそれに由来する。オランダで家畜の頭数削減に関する法案が議論されるなど、欧州では畜産の環境負荷低減に向けた国家主導の動きが進む。

技術開発による問題解決に向けた動きも盛んだ。微生物を用いて畜産物と同等のたんぱく質を製造する精密発酵技術や、植物や微生物由来の成分を畜産物の風味に近づける食品加工技術において、日本は強みを有する。牛のゲップ由来のGHGを減らす新たな餌の開発も進む。

また、畜産物以外からのたんぱく質の摂取が注目され、大豆などの植物由来たんぱく質の食品開発も行われている。これら新技術開発と並行して、食料システムの環境負荷低減にどの程度貢献するかを正確に測定、評価する研究も重要だ。

今後は持続可能な食料システムへの変革によって、日々の食事の一部が代替食品(植物由来たんぱく食品など)に置き換わる流れが進むと予想される。その際、それらの栄養成分の緻密な分析や健康面への影響など、栄養学の観点からの研究が必要となる。

消費者の行動変容も重要だ。英国において、食品の環境負荷を可視化し消費者に提示することで、環境に配慮した食品が選択されるか否かを検証する研究が進む。消費者行動は国ごとに異なる。日本における行動変容手法の研究が必要だ。

持続可能な食料システムは、技術革新だけでは実現されない。産学官の多様なステークホルダーおよび消費者が、科学的エビデンスやデータに基づく議論を重ね、日本の強みを生かした新たな食料システムの構築に向けた取り組みを進めることが重要だ。

※本記事は 日刊工業新聞2023年12月1日号に掲載されたものです。

<執筆者>
戸田 智美 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。ライフサイエンス関連のテーマを対象に調査や分析を実施。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(221)持続可能な食料システムに変革(外部リンク)