2023年4月28日

第193回「情報科学と物理学の共創」

情報も物理的
情報科学と物理学との関係の深化が注目されている。これまでの物理学が主に対象としてきた「物質」「エネルギー」と同じように「情報」も物理法則に従うと考える(図)。このような考え方はIBMの物理学者ランダウアが1991年に唱えた「ランダウア原理」までさかのぼれる。熱力学第二法則からは、どんな計算機も逃れられないのだ。

93年の「ゆらぎの定理」の発見以来、この第二法則をミクロな立場から理解しようとする非平衡統計力学の研究が精力的に進められ、ミクロな系での熱力学やゆらぎの定理の拡張などを経て「情報熱力学」が確立した。これは情報を含む形に一般化されたゆらぎの定理であり、情報量とエネルギーは対等に扱われる。150年以上も議論が続いていた「マクスウェルの悪魔」と第二法則との不整合も理解され、実験検証も進んだ。消費エネルギーと計算速度のトレードオフ関係も議論できるようになり、超低消費電力の新原理コンピューターも期待される。

物理学のアイデアが機械学習で生かされる場面も多い。画像や文章を生成する人工知能(AI)に用いられる「拡散モデル」は統計力学をヒントにしている。そもそもニューラルネットワークはランダム系の統計力学の伝統的なテーマであり、理論解析には物理学の手法が有効だ。統計学や情報理論の問題に統計力学でアプローチする「情報統計力学」も関連が深い。

物理は情報的
現代物理学において「情報」の概念は興味ある状態の記述やメカニズムの理解にしばしば重要な役割を果たし、最近では情報理論や計算理論の考え方の物理学への輸入も進んでいる。ランダウアの提唱になぞらえれば「物理は情報的」か。本質は情報にある。

例えば、量子コンピューターや量子インターネットの学理基盤である「量子情報科学」は、物質やエネルギーに量子力学でエンコードされた「情報」を扱う情報科学だ。量子もつれを情報量の基本的な尺度とする量子情報科学の考え方は、物性物理学や重力理論など物理学のさまざまな分野で有効性が認められ、共通言語としてさらに発展している。

ブラックホールの名付け親ともいわれる物理学者ホイーラーの「全ては情報から生じる(it from bit)」の言葉を受けた「全ては量子情報から生じる(it from qubit)」という考え方も登場し、物理学における根本的な問題への新たなアプローチ方法として注目されている。

※本記事は 日刊工業新聞2023年4月28日号に掲載されたものです。

<執筆者>
嶋田 義皓 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。日本科学未来館で解説・実演・展示制作に、JST戦略研究推進部でIT分野の研究推進業務に従事後、17年より現職。著書に『量子コンピューティング』。博士(工学、公共政策分析)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(193)情報科学と物理学の共創(外部リンク)