第166回「デジタル社会の信頼形成」
信頼の3側面
信頼(トラスト)は獲得に時間を要するが、その失墜は一瞬だと言われる。相手を信頼するというのは、必ずしも完全な裏付けがなくとも、相手は自分を裏切らないと思える状態であり、それは一度不信が生じればすぐ壊れる。一方、日常でもビジネスでも、信頼関係があれば、安心して迅速に行動・意思決定できる。人々、組織、国家、情報、システム、制度、科学技術などの間に信頼関係が作れるか、信頼の失墜や裏切りのリスクを回避できるかは、現代社会における重要課題である。
そこに大きく関わっているのがデジタル化の進展である。デジタル化によってさまざまな可能性が広がった反面、相手に直接会わずに行うネット取引におけるなりすましや偽装、現実には行われていない行為・行動がまるで本当に行われたように見えるフェイク画像・映像、ブラックボックス化して動作保証が困難なAI応用システムなど、信頼形成におけるリスクや不安を生む要因が増大した。
これらの問題は「信頼の3側面」として整理ができ(図)、それぞれに関して取り組みが進められている。「本人・本物であるか」という対象真正性に着目するデジタルトラスト技術、「内容が事実・真実であるか」という内容真実性に着目するファクトチェック活動、「対象の振る舞いに対して想定・対応できるか」という振る舞い予想・対応可能性に着目する説明可能AI技術などが一例である。
多面的検証
各取り組みはいっそう強化せねばならないが、さらに、それらを複合していくことも必要であろう。今日、断片的に切り取られた情報や対象のある一面しか見ずに、何かを信じ込むことはとても危うい。
さまざまな視点から多面的に関連情報を集め、その一つだけでは確信を持てなくとも、それらを複合的に検証することで、総合的な判断を下せるような仕組みが望まれる。
信頼の3側面のそれぞれについて、検証・判断のよりどころとなるものを技術や制度によって担保するとともに、それらを束ねた多面的・複合的な検証の仕組み作りまで目指すべきではないか。これは世界的にも新しい挑戦であり、信頼できるデジタル社会の実現を日本が先導することにつながる。
※本記事は 日刊工業新聞2022年9月30日号に掲載されたものです。
<執筆者>
福島 俊一 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)
東京大学理学部物理学科卒、NECにて自然言語処理・情報検索の研究開発に従事後、2016年から現職。工学博士。11-13年東大大学院情報理工学研究科客員教授、情報処理学会フェロー。
<日刊工業新聞 電子版>
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