第73回 JST研究開発戦略センター(CRDS)が提言する科学研究の未来戦略② 「研究成果の創出を加速する研究機器・装置開発のエコシステムを形成」
※この記事は「日経サイエンス2022年5月号」に掲載されたものです。
DX(デジタル・トランスフォーメーション)は、研究開発における装置やソフトウエアなどへの影響も大きく、ツール類はさらなる高性能化を求められるようになっていく。同時に、革新的な研究成果の創出における先端研究機器が果たす役割も増大している。
ところが、日本においては、先端研究ニーズに応えうる先端研究機器を産学官が自ら生み出すことが難しくなっている。結果として、それらの機器を利用する先端研究にも出遅れてしまった。今まさに直面しているこの課題についても、JSTの研究開発戦略センター(CRDS)は重要な提言を行った。
海外企業に依存した日本の現状
日本の研究機器・装置開発が置かれている状況の深刻さは、「計測・分析機器と加工・プロセス機器を合わせた企業国籍別シェア(日本市場と米国市場の違い)」から見えてくる。
計測・分析機器、加工・プロセス機器に関して、日本は約1.2兆円の国内市場を持つ(2018年時点)。ここでの企業国籍別シェアのトップは53%を占める米国企業。続く日本企業は半導体関連の加工・プロセス機器を中心とした27%。以下ドイツ企業、ドイツを除く欧州企業と、約7割を海外企業の製品に依存している。
一方、米国市場における日本企業のシェアは2位だが、その割合は11%と低い。対して米国企業の割合は57%と、機器・装置の半数以上を自国企業から調達していることがわかる。
海外企業への依存度の高さは、輸入コスト、管理・メンテナンスコストなど、現地購入よりも高い負担になるということでもある。予算を投じて最先端の海外製品を購入すればよいという考え方だけではすまない問題もある。海外企業が開発した最先端機器を日本の研究機関で使えるようになるには、かなりの時間を要する。その時間差は、そのまま先進的研究領域における研究成果の遅れにつながる。革新的な研究機器を開発できない土壌ではイノベーティブな研究成果が生まれにくく、世界の中で出遅れてしまうのだ。
「計測・分析機器」と「加工・プロセス機器」を合わせた際の企業国籍別シェア(日本市場と米国市場の違い)
2018年の日本市場と米国市場のそれぞれについて、企業国籍別販売額およびシェアをグラフに示した。
日本市場における日本企業のシェアは3割弱。米国企業のシェアが50%を超す。米国市場は半分以上を自国企業による供給で賄っていることが推察される。
※本データは、各国ごとの市場規模×企業国籍毎の企業シェアの和をグローバル市場におけるシェアと同等と見なし、推計している。
余裕のない研究者とメーカー
イノベーティブな研究機器の登場によって、先端研究にゲームチェンジが起きた例は、近年のライフサイエンス研究領域において特に顕著である。
クライオ電子顕微鏡は未知のたんぱく質の構造を解明し、次世代DNAシーケンサーはDNAの塩基配列を短時間で解析することを可能にした。その後もさらなる高精度化・高速化といった進歩を続けている機器類は、創薬や臨床の現場でも導入が進んでいる。
クライオ電子顕微鏡にしてもDNAシーケンサーにしても、黎明期から日本の研究者や企業が研究開発に取り組んでおり、重要な原理や基本技術の発明に成功している。しかし、日本の企業はその知見や技術を製品化し、世界に先駆けてグローバルに展開することができなかった。
その背景について、CRDSフェローの永野智己氏と魚住まどか氏は「研究開発の土壌の問題であり、構造的な問題」と説明する。
「日本には、研究機器開発のシーズとなる基礎研究が多数存在していますが、それらを機器として開発するには、技術、時間、資金、人材の戦略的投入が必要です。しかし、研究者は限られた時間で成果を出さなければならず、時間がかかる技術開発に腰を据えて取り組む環境がない。企業にしても、萌芽段階にある研究用途の機器開発は、市場を見込みにくいためにビジネスとしての開発投資が難しく、既存領域・既存市場をターゲットにしてしまいがちです」
産学連携のエコシステム
現在直面しているこの課題を解決する仕組みとして、CRDSは「研究機器開発エコシステム」の検討を提言。研究の最前線で生まれようとしている新たな研究の方向性をいち早く捉え、産学が相互にフィードバックしながら、先端研究領域を拓く機器の開発を進めていくシステムである。
このエコシステムは、技術開発のシーズを生み出す共同開発拠点としての「大学・研究機関」、機器を開発する「機器メーカー」、新たな研究ニーズや研究課題が集まる「共用拠点」の三者からなる。
共同開発拠点と隣接する共用拠点は、新装置のシーズとなる技術アイデアを持つ研究者、新装置のユーザーとなる研究者、メーカーの技術開発担当者などとが接続するゾーンで、メーカーは試作機を持ち込む。その試作機を使ったアーリーユーザーからのフィードバックを得つつ、死の谷を越えるために必要なデータを取得して、普及・量産モデル化に進むためのハードルを越えやすくする。
また、共用拠点が隣接する共同開発拠点のことを永野氏は「新技術が生まれる不安定なポッド」と表現する。生まれてくる技術を予測することは難しいが、何かが生まれるかもしれないという、不安定でありながらエネルギーの高い状態を意図的に維持する場。その状態は“沸々としたマグマだまり”のようであることから「不安定なポッド」と名付けられたという。
不安定なポッドは研究機器の新技術を生み出す場であると同時に、研究者たちの交流の場、研究ニーズを蓄積する場としても重要な役割を果たす。その中から、次の機器開発につながる研究テーマが見えてくる、というような好循環を生み出す起点ともなりうる。このようなエコシステムの構築をきっかけに、新しい産学連携の形をつくり、日本の研究力が向上することを期待したい。
研究機器開発エコシステム
フェロー紹介
永野 智己(ながの としき)
CRDS総括ユニットリーダー/研究監