2022年5月27日

第70回 カーボンニュートラル特集Vol.2 「気候変動の緩和に向けて期待されるネガティブエミッション技術とデジタルツイン」

2020年10月に政府が発表したカーボンニュートラル宣言では、2030年までに温室効果ガスの排出量を46%削減(2013年度比)し、2050年までに全体としてゼロにするという高い目標を掲げています。この数値をクリアするためには、官民が一体となった取り組みが必須であることはいうまでもありません。そんな中で、カーボンニュートラル社会の実現に寄与すると期待されている科学技術の取り組みがあります。今回はそのうちの「ネガティブエミッション技術」と「デジタルツイン」にフォーカスして、最新の動向をそれぞれの担当フェローが解説します。

温室効果ガスを吸収するネガティブエミッション技術の重要性

徳永 友花 フェロー

温室効果ガスによる地球温暖化を抑制するためには、人為的なCO₂の排出量を削減する必要があります。そのためには省エネや自然エネルギーへの転換が急務の課題ですが、そこには限界もあります。人為的なCO₂の排出を完全にゼロにするのは不可能に近いからです。そこで注目を集めているのが、大気中のCO₂を吸収するネガティブエミッション(負の排出)技術。人類が排出したCO₂のプラス分をネガティブエミッション技術で吸収し、トータルで排出をゼロにするという取り組みです。

ネガティブエミッション技術には、大きく分けて機械的なものと自然によるものの2種類があります。機械的な技術で注目されるのは、バイオマスエネルギーを使って 炭素を回収・貯留するBECCS(Bio Energy with Carbon Capture and Storage)や、大気からCO₂を分離して貯留するDAC(Direct Air Capture)などの技術。ただ、こうした強制的な手法は未知の領域が多く、回収した炭素の貯留場所など、クリアすべき課題も残されています。

一方、今回私たちが着目したのは、自然界の力を利用する「バイオマスをCO₂吸収源としたネガティブエミッション技術」です。植物の炭酸同化作用を利用してCO₂を回収するこの技術は、環境負荷とコストが他の技術と比べて低く、かつ農林水産資源の有効利用の観点からも重要な技術であると注目されています。

バイオマスを活用したネガティブエミッション技術

ネガティブエミッション技術の例
(全米アカデミーズの資料*からの図にCRDSが日本語追記)
*National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine. 2019. Negative Emissions Technologies
and Reliable Sequestration: A Research Agenda. Washington, DC: The National Academies Press.
https://www.nap.edu/read/25259/chapter/3#37, FIGURE 1.6

バイオマスをCO₂吸収源としたネガティブエミッション技術でいま注目を集めているのは、「沿岸部ブルーカーボン」と呼ばれるもの。海藻や海草、マングローブなどを世界の沿岸部に大規模に敷き詰めることで、環境保全だけではなく 、空気中のCO₂を吸収することもできます。一方、陸域で注目されているのは「土壌炭素貯留」という技術。世界中の土壌の中に存在する炭素の量を毎年4/1000ずつ増やそうという「4パーミルイニシアチブ」の取り組みは、実現すれば大気中のCO₂増加量をゼロにできると期待されています。
世界の動向に目を向けると、現在欧州ではフィンランド、オランダ、ドイツが中心となって3つの大きなプロジェクトが進行中で、国を超えた国際的な連携で、ネガティブエミッション技術 の取り組みが進行しています。他方、アメリカではアカデミアの動きが活発で、農地や森林が保有する炭素固定能力の評価や、DX(デジタルトランスフォーメーション)化に向けた新たな技術の導入なども進められています。アメリカの研究の特色は、単にCO₂の除去(緩和)に留まらず、ネガティブエミッションを実施した場合の気候変動による影響とそれへの対策(適応)の必要性まで示されていること。基礎研究から実装フェーズに向けた研究開発課題がそれぞれ示されており、政府機関や財団等から資金提供を受け、各プロジェクトが進行しています。

日本における取り組みと今後の課題

日本でも、バイオマスをCO₂吸収源としたネガティブエミッションの取り組みは重要視されています。たとえば地球温暖化が進行した段階で植物のCO₂吸収・放出量がどう変化するかを予測する研究や、地球全体での炭素循環の総合的な評価の研究などが進められています。

政府が推進する「革新的環境イノベーション戦略」では、2050年までに、森林において大気中のCO₂を吸収・固定するために成長の早い「エリートツリー」を開発・普及させること、ゲノム編集などのバイオテクノロジーを用いた生産量向上技術や気候変動に対応した品種の開発、海洋においては藻場・干潟等に炭素を固定するブルーカーボン技術の確立と実用化を目指すことなどが示されています。

ただし、こうした取り組みを実際に進める場合は、所有者不明の民有林が多いなどの課題がある他、 土地の景観や文化等を侵害する可能性もあります。地域の人々とどのように合意形成するか、そのためにはどんなインセンティブが必要か、法的・倫理的な観点を含めて、どのように社会実装を進めていくか、その方法 が問われています。

とはいえ、直近の目標である2030年までにはあと8年しかなく、2050年も遠い未来ではありません。今回の調査分析を通じ、政府や研究機関はもちろんのこと、企業や市民など、さまざまなステークホルダーが力を合わせ、危機感を持って取り組んでいく必要性が改めて浮き彫りになったと考えています。

プロフィール

徳永 友花(とくなが ゆか)

CRDS環境・エネルギーユニット フェロー。
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。専門は建築環境工学。2019年より現職。工学基盤強化に向けた調査やネガティブエミッション技術動向調査に携わる。博士(工学)。

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活用の領域が広がるデジタルツイン

長谷川 景子フェロー

「デジタルツイン」とは、サイバー空間上に現実とそっくり同じものを再現し、さまざまな現象を予測するシミュレーション技術の一つです。物理空間の双子を作るという意味で「デジタルツイン」と呼ばれています。

2017年度にCRDSで戦略プロポーザルを作成した時点では、主に製造業の分野で注目されていた技術でした。たとえば自動車を開発する場合、サイバー空間に試作車を再現 し、走行させることで、空力性能や燃費などの予測が可能になり、開発に要する時間も費用も大幅に削減できます。

こうした理由から主に製造業の分野で使われていたデジタルツインですが、IoTの普及によりリアルタイムデータの自動取得が可能になり、また計算機の能力向上やAIの進化もあって活用範囲が広がってきました。複雑なシステムを包括的に表現し、将来起こり得る事象を予測できるデジタルツインは、都市・エネルギー、気象・気候予測など、さまざまな分野への応用が可能で、カーボンニュートラル社会や循環型社会の実現に向けて社会全体の転換が求められている現在、Society 5.0実現に向けた社会基盤として位置付けられています。

カーボンニュートラル社会の実現に向けて

企業がデジタルツインを活用するメリットは、開発の工程を大幅に短縮できることです。工程の全体が最適化され効率が高まれば、使用するエネルギーも削減でき、CO₂の排出を抑制できます。産業社会全体がデジタルツインの活用で効率化していけば、カーボンニュートラル社会に大きく貢献できると考えられています。

また、デジタルツインには複雑な現象をモデル化し、仮想空間上で試行錯誤を行い、問題を解決に導く力があります。たとえば現在、サンフランシスコの都市空間をまるごとデジタル上に再現し、交通システムを最適化する研究が始まっています。交通渋滞の緩和や排ガス削減に寄与するこのシステムは、将来的には街全体のエネルギーの使い方をシミュレーションし最適化していくなど、さまざまな形での応用が可能です。

気象・気候の分野では、「デスティネーションアース(Destination Earth)」という取り組みが欧州で始まっています。2021年からの10年間を3つの段階に分け、まず2024年までにオープンコアのデジタルプラットフォームと自然災害と気候変動適応のデジタルツインを作ります。さらに2027年までに海洋、生物多様性、スマートシティーなどのデジタルツインを構築し、それらをプラットフォームに統合して、2030年までに地球の「完全な」デジタルツインを作るという計画です。実現すれば自然災害とそれに伴う社会経済危機を予測し、より持続可能な社会の発展に寄与しうると考えられています。

国内でのデジタルツインの動向

国内でもデジタルツインの活用は始まっています。その一例が、スーパーコンピューター「富岳」を使った洋上ウィンドファームや次世代火力発電などのクリーンエネルギーシステムの開発です。風力発電は風の影響によって発電量が変わるため、風車をどう配置すれば最大の発電効果が得られるかなど、デジタルツインを使った実証が進められています。

日本のデジタルツイン関連の主要な研究プロジェクト

今回の調査で印象に残ったのは、「意志決定にデジタルツインを活用していく」方向性が多くのプロジェクトに見られたこと 。大小の差こそあれ、人々の日々の行動も、国としてのエネルギー政策も、意志決定の積み重ねです。最新のデジタルツイン技術を有効活用し、最適な意志決定に反映できれば、カーボンニュートラル社会の実現に大きく貢献できるでしょう。

ただし、課題もあります。デジタルツインを活用するためには、前提として社会全体のDXが進んでいる必要があるからです。日本では製造業のデータも企業によって形式がまちまちで、連携しづらいという問題があります。今後デジタルツインを活用するためには、さまざまな分野でのデジタル化を推進するとともに、欧州で見られるようなオープンなプラットフォームを構築し、社会全体で共有できる仕組みづくりが必要であると考えます。

プロフィール

長谷川 景子(はせがわ けいこ)

CRDS環境・エネルギーユニット フェロー。
東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻修了。JST入構後、戦略的創造研究推進事業(基礎研究)・地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム・産学連携などに従事。19年より現職。環境・エネルギー分野の研究開発戦略立案を担当。近年、デジタルツインに関する国内外研究開発動向を調査。

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