2022年3月29日

第67回 カーボンニュートラル特集Special「カーボンニュートラル社会の実現へ、日本の科学技術に求められる役割(前編)」

(対談)ジャーナリスト国谷裕子氏 × 中村亮二フェロー/ユニットリーダー

地球温暖化の抑止に向けて動きだした世界に歩調を合わせ、日本でもカーボンニュートラル社会の実現に向けた官民の取り組みが進行しています。ただ、その目標は極めて高く、2030年度に温室効果ガスを2013年度から46%削減し、2050年に温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするというものです。このチャレンジングなターゲットに対して、日本の科学技術にできることは何か、どのような道筋でカーボンニュートラル社会を実現していけばよいのか。今回は環境エネルギー問題に詳しいジャーナリストの国谷裕子さんをお迎えし、環境・エネルギーユニット ユニットリーダーの中村亮二との対談を通して、これからの日本のあるべき取り組みについて考えてみました。

カーボンニュートラル社会の実現は時間との勝負

国谷:中村さんはCRDS環境・エネルギー分野のユニットリーダーをされていますね。CRDSはこの分野でどのような活動をされているのですか。

中村:CRDSは国内外の科学技術イノベーション政策の俯瞰や、持続可能な社会の構築に向けた今後のあるべき研究活動の方向性を調査分析したり、提案したりするシンクタンクのような働きをしています。環境・エネルギー分野で、今こういう研究の動向がある、こういう方向性が大事だといった情報提供や提案を関係府省などに対して行っています。

国谷:国は2030年までに46%の脱炭素、2050年までにゼロエミッションを達成するという目標を掲げています。幅広く日本の状況をご覧になって、中村さんには日本の脱炭素のスピードとスケールはどのように見えていますか。

中村:科学技術イノベーション政策に関連するさまざまな議論の場を見ていると、スピードアップに本気で取り組んでいるという実感はあります。ただ、研究開発というのは通常でもその成果が社会に届くまでには時間がかかります。その意味ではカーボンニュートラルという喫緊の課題に対しては、なかなかスピードを実感しにくいなと感じています。

国谷:人類が1.5℃目標を達成するためには時間との勝負です。あと30年もない。2030年まではあと8年です。今回出された俯瞰報告書には、「カーボンニュートラルな社会への移行を達成するには、社会を構成するさまざまな要素を根本から変更していく必要がある」とあります。大きな社会変革が求められているわけですね。

中村:社会の変革を目指すとき、科学技術や研究者にできることには限りがあります。ですから、さまざまなステークホルダーが参画して、研究の計画段階、実行段階、実装していくまでの一連の中で社会と一緒になって進めるという形が、特にカーボンニュートラルという分野では重要になると感じています。

国谷:科学技術だけでなく、政策的にも制度的にもあらゆるレベルのイノベーションが必要ということですね。ただ、さまざまな分野を根本から変えるとなると、新しいテクノロジーの研究と同時に既存のテクノロジーの活用も大事になると思います。日本の脱炭素の鍵を握るのは、CO2発生の約4割を占める電力部門です。しかし日本は「再生エネルギーの主力電源化を徹底する」としながらも、この分野の進み方が遅い。なぜなんでしょう。

中村:太陽光発電の単位面積あたりの導入量で見ると日本は進んでいるという見方もあります。ただ議論としてあるのは、設置にかかるコストの問題ですね。経済面がひとつの壁になっている。それから再生可能エネルギーにしても、設置する場所が必要になってきます。その場所には人々の日常的な生活や自然環境もあるので、地域社会と一緒になって導入を進めていく必要があると考えています。

国谷:日本の太陽光発電は、まだまだ可能性があると思います。風力発電にしても、海底に着床するものと浮体型も含めて日本のポテンシャルは高いといわれています。ただ、残念ながら、多くの企業が発電機器の製造から撤退してしまった。テクノロジーはあったのにうまくマーケットが作れなかった。なぜこうなってしまったのでしょう。

中村:確かにCRDSの俯瞰報告書でも、風力発電の部分は国の産業として十分に力が入れきれていないと分析しています。基礎フェーズ、応用・開発フェーズともに日本の優位性は必ずしも高いとはいえません。これについて私どもは「工学基盤研究」というテーマで調査を行っています。たとえば風力発電の場合、巨大な風車を作るには流体力学や機械工学の研究も重要で、そういう分野への資源投資がやや手薄だったのではないかと感じています。最先端の科学技術への投資に注力した分、相対的に工学基盤研究のような下支えする分野への投資が薄れ、それがいまも続いているのではないでしょうか。

国谷:海外の専門家から見ても、日本の太陽光や風力、バイオマス発電等のポテンシャルは高く、再エネに本気で取り組めばもっと拡大できるのではとの話も聞きます。たとえば浮体式洋上風力発電などは、日本のものづくり産業を復活させる最後のチャンスという捉え方もされています。この分野の産業づくりを進めたいという思いは、洋上風力についての官民協議会などからも伝わってきます。

サイエンスと社会をブリッジすることの大切さ

国谷:地球の温暖化について科学者は以前から警鐘を鳴らしてきました。こうした科学者たちの警告に多くの人々が耳を傾けてこなかったことが対策の遅れに繋がっているような気もしています。中村さんは、科学者からのメッセージの社会の受けとめ方について、どのように感じていらっしゃいますか。

中村:科学者からのメッセージを社会が受けとめ、どう自分事につなげるかは大事なテーマです。ただ、科学者側が出していた情報も、どれだけ伝わるものだったかには疑問符が付きます。実際にレポートの中身を見ると、まだまだ難しい表現や図表で埋めつくされていますから。そういう中で今、気候予測の研究者が取り組みはじめたのは、私たちがもっと身近に感じられる近未来の予測です。IPCCが示すのは2100年という遠い未来ですが、温暖化を自分事にするためには、たとえば2050年前後ぐらい、あるいはもっと手前の時期に何が起きるかという予測も必要で、今、それが研究者にとってのチャレンジの一つとなっています。

国谷:去年の1月に放送されたNHKスペシャルで、私はEUのサステナビリティ担当のティメルマンス上級副委員長にインタビューしました。その中で、なぜEUは2030年までの二酸化炭素の削減目標を40%から一気に55%に引き上げたのかと尋ねました。すると彼はきっぱりと「サイエンスがそういっているから」と答えたのです。サイエンスが迅速に政策に反映されていく仕組みがEUでは機能しているなと実感しました。サイエンスと政策を結び付けるブリッジみたいなもの、日本でも何か新しい仕組みが必要ではないですか。

中村:私どもCRDSもそのブリッジの一つになりたいと願って努力しています。日本は最先端の技術を重視するあまり、既存の技術を組み合わせて新しい仕組みを作るところに十分な支援が届いていないと感じています。先ほどの工学基盤研究しかりですが、ミドルテック、ローテックも含めた研究開発の重要性を我々としても認識し、継続的に行政に届くように発信していきたいと考えています。

「カーボンニュートラル社会の実現へ、日本の科学技術に求められる役割(後編)」はこちらからご覧ください。

プロフィール

国谷 裕子(くにや ひろこ)

米ブラウン大学卒。NHK衛星放送「ワールドニュース」のキャスターを経て、1993年から2016年までNHK「クローズアップ現代」キャスター。現在、SDGs(持続可能な開発目標)の取材・啓発を中心に活動を行なっている。
東京藝術大学理事、慶應義塾大学大学院特任教授、自然エネルギー財団理事。
2002年菊池寛賞、11年日本記者クラブ賞など受賞。著書「キャスターという仕事」(岩波新書)

中村 亮二(なかむら りょうじ)

CRDS環境 ・ エネルギーユニット フェロー/ユニットリーダー 。
首都大学東京大学院理学研究科博士課程修了 、 博士(理学)。
JST入構後 、 英国ビジネス ・ イノベーション技能省(当時)政府科学局(3 か月間)や日本の内閣府政策統括官(科学技術 ・ イノベーション担当 )(2 年間)での業務を経験し 、 現職 。 専門分野 は 植物生態学 。

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