2021年11月26日

第63回「激化する世界の競争に打ち勝つために 次の鍵は材料開発プロセス」

※この記事は「科学新聞2021年11月26日号」に掲載されたインタビュー記事です。

様々な分野の基盤となるナノテクノロジー・材料分野の俯瞰報告書では、これまでの歴史を踏まえた上で、環境・エネルギー、ライフサイエンス・ヘルスケア、ICT・エレクトロニクス、社会インフラ、物質の機能と設計・制御、共通基盤科学の各分野における日本の現状と課題を俯瞰している。

同時に主要国におけるナノテク・材料科学技術の基本政策や国際戦略のほか、次世代パワー半導体、多機能・複雑系材料設計プロセス、集積化マルチモーダルセンサなど、世界の研究開発でトレンドとなっている12の潮流を示している。激化する研究開発競争の現状を読み解くことで、自らの研究開発の位置づけを全体の中で理解することができ、企業としての戦略策定にも役立つ情報を得ることができる。

また、我が国は伝統的に、ナノテクノロジー・材料分野に高い競争力を有してきたが、社会情勢の変化によって特に競争が激しくなっている分野での他国の追い上げに対して、いつまでも過去の優位に安閑としていることはできない。同分野の研究開発スピードを向上させ、他国の猛追を振り払うことができなければ、日本の産業全体に計り知れないダメージを与える可能性があることが述べられている。

この報告書では、上記トレンドも勘案し、我が国が推進すべき重点テーマをいくつか選定し、目指す社会像ごとに日本の挑戦課題として例示している。例えば、「安全・安心で豊かなデジタル社会」においてはトポロジー等の新概念を導入した従来エレクトロニクスを超えるデバイスの開発などを、「健康的で人に優しい社会」においては、生物の構造や機能を模倣するバイオ・インスパイアード材料の研究開発などを、「低環境負荷で持続可能な社会」においては、元素や物質の循環が可能な材料創製技術などを、「社会実装を加速する基盤技術」においては、実動作下の計測手法や機能性材料を高度に設計または作製するためのシミュレーションやデータの活用(材料合成プロセス設計基盤)などを挑戦すべき課題としてあげている。
眞子隆志ユニットリーダーは、挑戦課題のうち、材料合成プロセス設計基盤に日本の強みをさらに強化するための方策があるという。

計測・制御技術・コンピュータ技術の進展によって、試行錯誤の材料開発から、材料の構造や組成とその機能・特性を結び付ける大量のデータを、情報科学の手法で分析することで、求める特性を持つ材料の構造を予測するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の研究開発が活発になっている。MIは、強力なツールとなることが実証されつつあるが課題もある。「こういう材料を作りたいという時、狭義のMIでは候補物質の構造は予測できるものの、合成方法がわからないため、実際に作ることができないことも多々あります。実際に作れるのか、どう作るのかを考えるためには、プロセスに手をつけなければなりません。そこで重要になるのがプロセス・インフォマティクス(PI)です」という。

材料合成プロセスは、材料ごとに手法のバリエーションが多く、それを制御するパラメータも複雑であるため、統一的に扱うことが難しい。このため、個別のプロセスの改良・最適化が主となり、最適なプロセスを科学的に探索するアプローチは取られてこなかった。しかし、データ科学が進展し、シミュレーション技術も高度化、プロセスをリアルタイムに観測するオペランド計測技術の開発、ハイスループット実験技術の確立などにより、材料合成プロセスを効率的かつ統合的に探索するPIに取り組むための環境が整いつつある。

眞子ユニットリーダーは「ここ5年ほどを見ても、データ駆動型材料合成・プロセスの論文数は急激に増えています。米国、中国の論文数が多いものの、日本ではPIに関する重要な成果が出ており、優秀な研究者が集まっています。例えば、無機結晶成長プロセスパラメータ決定にデータ科学的手法を適用して、欠陥をコントロールした良質な結晶を成長した例や、ハイスループット実験装置や、ロボット実験装置にAIを高度に組み合わせることで、各種材料探索を飛躍的に向上させた例などがあります。さらに、直接計測できないプロセスパラメータを計測できるパラメータから推測するソフトセンサー技術や、複雑で支配方程式が明らかでないプロセスに対して、機械学習を適用する新しいアルゴリズムを開発している研究者もいます。いずれもPIを実現するための重要な要素であり、こうした日本のPI研究を発展させていくことで、世界のトップに立てるはずです」と強調する。

PIを実現するためには何が必要なのか。眞子ユニットリーダーは「有機化学の大家の先生方はPIを使わなくても、経験と勘で新しいものを作ってきましたが、今後さらに多元系になることでパラメータが増え、人間の感性では理解できないレベルになっていきます。そのため、PI手法の構築、共通基盤の構築、プロセスサイエンスの基盤を拡充することが必要です」という。

現時点のPIは、世界的な大競争の中にある最先端材料の合成プロセスに適用するには、まだまだ力不足であることは否めない。そのため、まずは有機、無機、複合といった、それぞれの材料系において、代表的なPI技術群を構築し、その適用範囲を徐々に広げていくようなアプローチが有効であろうと述べている。

また、個別の材料系に対してPI技術を蓄積し実績を積み重ねていくことに加え、共通基盤としての、PI用機械学習アルゴリズムと自律的な最適化手法の開発、シミュレーション・モデリングの高度化、ハイスループット実験基盤の構築、プロセス計測技術(ソフトセンサー)、データ収集・解析方法の共通化などが求められるうえ、データ・ノウハウ提供者へのインセンティブ設計も重要だという。

「PIの究極的な目的は、これまで日本のナノテクノロジー・材料技術の強みを支えてきた、一流科学者や熟練技術者の知識や勘といったものまでを、AIの中に取り込み、それにより材料開発効率を別次元と思えるまでに向上させることにあります。それは、現時点では、まだまだ夢物語に近い話ではありますが、そこを目指したプロセス科学の基礎を今こそ構築していくことが、我が国の産業の発展と世界への大きな貢献につながると考えられます」

(「科学新聞2021年11月26日号」掲載)

フェロー紹介

眞子 隆志(まなこ たかし)

CRDSナノテクノロジー・材料ユニット リーダー

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