第271回「持続可能なバイオエコノミー実現 先端技術で道開く」
環境負荷を削減
社会・経済活動による環境負荷を低減することは、地球と人類にとって極めて重要である。地球上の生命システムを支える生物多様性の喪失を止め、回復を図る「ネイチャーポジティブ(自然再興)」の実現を目指して、2022年に国際的な目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が国連で採択された。わが国でも、24年3月に「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が取りまとめられ、生物多様性への関心が高まっている。
このような状況を受けて、再生可能な生物由来の資源であるバイオマスを使い、気候変動対策をこれまで目指そうとしてきたバイオエコノミーは、大きな転換期を迎えている。バイオマスで化石資源の代替を目指そうとすると、膨大な量の森林資源や農作物が必要となり、農薬と化学肥料による環境汚染や農地拡大が生物多様性の喪失を加速しかねない。
つまり、二酸化炭素(CO2)排出量の削減にはつながるが、その他の環境負荷が甚大となる。また、バイオマスによる化石資源代替は経済効果も大きくはないことが、欧州連合(EU)の公式調査によって明らかになっている。
生物新機能使う
生物多様性の喪失を止めるには、森林伐採や農地拡大を抑制し、農業による環境汚染を削減することが重要である。そのためには国内外の先端バイオテクノロジーなどを活用して農薬や化学肥料の使用量を削減し、さらに単位面積当たりの農作物の収量を増加させることができれば農地拡大の抑制効果がある。
また、他分野の知見を取り入れ、農業の過程で発生する廃棄物から効率よく資源を生産する技術などが実現できれば、持続可能なバイオエコノミーへの道が開けるはずだ。
生物多様性を尊重し生かすネイチャーポジティブなバイオテクノロジーを開発するためには、生態系を構成する多様な生物の生物機能や、生物間相互作用を担う生物由来の機能性物質などの発見と活用が重要である。
わが国でも、今後は幅広い研究分野と先端的バイオテクノロジーとを統合的に発展させ、基礎から応用・開発へとつながる新たな研究の枠組みを構築することが必要である。そして、多様な国際共同研究を展開し、世界と連携していくことが求められる。
※本記事は 日刊工業新聞2025年1月10日号に掲載されたものです。
<執筆者>
桑原 明日香 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)
東京大学大学院理学系研究科博士後期課程修了。英国、スイスでの8年間の基礎植物学研究を経験後、現職。ライフサイエンスおよびバイオテクノロジーに関する研究開発戦略立案を担当。博士(理学)。
<日刊工業新聞 電子版>
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