第262回「ノーベル化学賞 たんぱく質 設計攻略策示す」
多様で複雑
2024年のノーベル化学賞は、計算による新しいたんぱく質設計を示したデビッド・ベーカー氏(米)と、たんぱく質構造を予測する人工知能(AI)モデルを開発したデミス・ハサビス氏とジョン・ジャンパー氏(両氏とも英)の3人に授与されることが決まった。
たんぱく質は、20種類のアミノ酸がひも状に連なること(重合)でできている。生命活動の基礎となるあらゆる化学反応に関わり、細胞や組織といった生体の構成要素としても欠かせない。
たんぱく質がこのように多様かつそれぞれ特有の機能を発揮できるのは、ほぼ無限とも言えるアミノ酸配列の組み合わせと、配列に応じてひもがねじれたり折り畳まれたりして作られる複雑な立体構造のためである。
このアミノ酸配列とたんぱく質構造の関係を解き明かし、さらには望み通りの機能を持ったたんぱく質を創り出すことは、生化学における長年の大きな課題であった。
ベーカー氏は、Rossettaという計算ソフトを開発し、自然界にない全く新しいたんぱく質の設計を可能にした。それまでの計算技術は、既存のたんぱく質構造の模倣にとどまっていたのに対して飛躍的な成果である。
ハサビス氏とジャンパー氏は、たんぱく質のデータベース情報を学習させたAlphaFold2と呼ばれるAIモデルを開発し、驚異的な構造予測精度を達成した。AlphaFold2は今では構造生物学などに携わる多くの研究者に利用されている。
自在に創出
たんぱく質は最も複雑な化学物質の一つと言える。多くの化学者がその構造の複雑さや機能の可能性に魅了され、さまざまな研究に取り組んできた。例えば、18年のノーベル化学賞は、新しい機能を持つたんぱく質を実験的に見つけ出す手法開発に関わるものであった。
02年と17年にもたんぱく質の構造解析への貢献にノーベル化学賞が贈られている。そして24年の受賞内容は、計算やデータの側面からたんぱく質の構造や機能の予測と設計に臨んだものと見ることができる。
化学の究極目標の一つは、新規な機能性物質を自在に創出することではないだろうか。昨今、実験や解析、計算、データといった側面から、たんぱく質に挑む手段がそろいつつある。今後、医療や創薬はもちろん、私たちの社会や生活のさまざまな場面で生かされる画期的なたんぱく質が創出されていくことを楽しみにしたい。
※本記事は 日刊工業新聞2024年11月1日号に掲載されたものです。
<執筆者>
高村 彩里 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)
東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。国立研究機関で研究員として勤務後、2022年より現職。ナノテクノロジー・材料とバイオ・医療にまたがる研究領域の調査と戦略立案を担当。博士(理学)。
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科学技術の潮流(262)ノーベル化学賞、たんぱく質設計攻略策に授与(外部リンク)