第253回「研究セキュリティー 米、基礎研究も強化」
リスクとは
学術機関での基礎研究は、研究成果の公開に制限をかけない研究の開放性が重要とされてきた。一方で昨今、米国では開放的な研究活動の不当利用と、それに伴う技術流出が懸念されている。そのため、これまで機密情報保護や輸出管理などの規制の対象外とされてきた基礎研究に対しても情報管理を強化する「研究セキュリティー」が進められている。
米国の研究セキュリティーは、リスクを特定し、リスクの影響度合いに応じて対策を行う「リスクベース・アプローチ」を基本方針としている。リスクとは、主に外国からの影響度(特定の国や組織の研究への関与の程度)と、新興技術が国家安全保障に影響を及ぼす可能性を指す。
前者について、学術機関がリスクの対象となる国や組織による関与を判断することは難しい。そのため、リスクの判断材料となる情報を政府が示している。例えば、大統領府科学技術政策局は「悪質な海外の人材採用プログラム」を提示し、国防総省は不正な技術移転の可能性のある事業体のリストを公開している。
また、国家情報長官室はポータルサイト「Safeguarding Science toolkit」を開設し、学術界への疑わしい勧誘やネットワーク活動などの事例を掲載している。それを受け、学術機関は、国際協力の場面(研究員の受け入れ、学会参加、共同研究など)において、政府が示す情報に基づきリスク評価を行う。リスク対応にかかるコストと、リスクに対応しない場合の損失を比較衡量し、緩和策を講じる。
技術の機微性
人工知能(AI)、量子などの新興技術は進化のスピードが速く、基礎研究の段階であっても将来的な国家安全保障への影響を考慮して取り組む必要があるとの論が多い。そのような技術分野を特定し、適切な保護を行う動きがある。
例えば、エネルギー省は国立研究所の研究ポートフォリオを対象に、国家安全保障上重要な分野があるかを検討し、物理的アクセス制限や論文公表前審査など追加保護を行っている。
また、基礎研究を支援する全米科学財団においても、機密情報保護や輸出管理などの規制の対象外だが安全保障上機微になり得る分野(グレーゾーン)の特定の検討を始めた。いずれの取り組みも始まったばかりで、基礎研究の中の機微性を特定する方法は確立されていないが、新たな取り組みとして注目に値する。
日本で研究セキュリティーのリスクを検討する際は、日米の歴史や制度、リスクに対する認識の違いを踏まえ、学術界と政府が十分に対話していくことが重要である。
※本記事は 日刊工業新聞2024年8月23日号に掲載されたものです。
<執筆者>
鈴木 和泉 CRDSフェロー
国立大学専門職員、コンサルティング会社シニアコンサルタントなどを経て現職。これまでに国連の持続可能な開発目標(SDGs)とインクルーシブイノベーション、介護ロボットなどのプロジェクトに従事。現在は、経済安全保障と新興技術の調査分析業務担当。法学・政治学修士。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(253)研究セキュリティー 米、基礎研究も強化(外部リンク)