第249回「持続可能な食への変容」
欧州を中心に、地球環境の持続可能性を担保しつつ、ヒトの健康との両立を目指す食を実現しようとの機運が高まっている。
2019年以降、国連機関や欧州委員会などから食に関する提言や報告書が出されている。その結果として、北欧地域やオランダなどでは食事に関するガイドラインの作成が進められている。それらガイドラインでは、肉類を減らし植物性食品を中心とした食事を取ることと、加工食品の摂取を控えることが推奨されている。
また、牛の飼料穀物用の広大な農地開発は森林破壊や生態系破壊を招き、牛のゲップには温室効果ガスのメタンが含まれるなど、牛肉消費が地球環境に与える影響については以前から指摘されてきた。
健康的な食事
欧州のイート・ランセット(EAT-Lancet)委員会は、「健康的な食事」として推奨する各種食品の摂取量を発表した。その値と、米国、英国、日本における食事を比較すると、現代の日本の食事は乳製品や肉類など動物性食品の摂取量が米国や英国に比べて大幅に少なく、EAT-Lancet委員会が目標とする食事に近い値であることがわかる(表参照)。
日本の食事の内容は日本人の寿命の長さと相関関係があると推察されるが、それを示す科学的根拠は乏しい。長寿食とされる地中海食の健康影響に関するデータが数多く蓄積しているのとは対照的である。今後、日本の食事の健康影響に関する研究を推進し、その成果を世界に発信していくことが重要だ。
たんぱく質危機
世界の人口増加にたんぱく質の供給が追いつかない「たんぱく質危機」が2025年以降に起こる可能性がある。この危機に対して、地球環境への影響が大きい肉類の増産で対応することは現実的でない。
動物性たんぱく質から植物性たんぱく質への代替を促す流れが世界的に起こっており、欧米の食料品店ではさまざまな植物性たんぱく質が食品棚に並ぶ。しかし、植物性たんぱく質への移行は難しさを伴う。
各地域にはその地に根ざした食文化があり、地球環境とヒトの健康、双方にとってよい食事を提示されても、人々の食事内容を変えることは容易でない。また、継続的に食事を続けるためには、おいしさも重要である。
近年、ヒトの味覚や嗅覚の研究が進展し、味覚受容体の構造と食べ物のおいしさの相関や、ヒトの嗜好性に関する科学的知見が蓄積されつつある。これらの研究成果を活用した新たな食品の開発が期待される。
※本記事は 日刊工業新聞2024年7月19日号に掲載されたものです。
<執筆者>
小泉 聡司 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)
東京大学大学院農学系研究科修士課程修了、博士(農学)。化学メーカーにて微生物を用いたモノづくりに従事。2020年より現職。ライフサイエンス・生物生産分野の俯瞰調査・政策提言の作成に従事。
<日刊工業新聞 電子版>
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