第243回「米の研究セキュリティー対策 リスクを評価・共有」
2010年代中頃から外国による不当な技術獲得や技術の不正流用への懸念が高まっている。米国では通商代表部をはじめ政府機関が、中国による不当な技術移転の問題について相次いで報告書を公表した。
制度の外側も
このような懸念を受けて、米国では研究活動に対する外国からの不当な影響に対してリスク管理を強化する「研究セキュリティー」の取り組みが進められている。一般的に、国家安全保障上重要とされる科学技術は国家機密情報保護制度、もしくは輸出管理制度によって管理されてきた。米国の研究セキュリティーの取り組みは、このような制度の外側に位置付けられてきた基礎研究においても、研究コミュニティーに対して一定のリスク対応を促すものである。
開放性と国際化
一方で、活力ある研究開発やイノベーションのためには、自由でオープンな研究活動が担保されていることが極めて重要である。米国における各種戦略文書においても、国の競争力の源は研究の開放性と国際化であり、それらが多くの科学者、エンジニア、起業家を惹きつけてきたと述べられている。
活力ある研究を維持するため、米国では研究セキュリティー対策として、リスクベース・アプローチを採用している。リスクの影響を高、中、低と評価し、その段階に応じた対策を行っていく。新興技術であることをもって一律に規制するのではなく、国際性を維持しつつ、国益の観点から研究を守る仕組み作りを模索している。
利益相反の情報開示を行い、研究者と関係する人と資金の透明性を高める。その上で、懸念となりうる主体との関係性からリスクを審査する。また、リスクパターンを分析し、何が恐れるべきリスクかについて政府と研究コミュニティーで共有する。
さらにトレーニングを通して、なぜ研究セキュリティーが重要かを学びコミュニティー全体の意識を高めていく。このように政府、資金配分機関、研究者、研究管理者など研究に携わる全ての者が当事者意識を持って取り組める仕組み作りを始めた。
これらの取り組みは研究活動に対する政府からの一方的な規制強化と取られやすい。また、実効性ある研究セキュリティー対策のためには、既存のシステムで代替可能か、追加支援が必要か、など検討課題も多い。そのため、米国においてもその進捗は必ずしも順調ではない。
しかし、問題の所在と対策を研究コミュニティーと政策担当者の間で時間をかけて合意形成を図っていく取り組みは、わが国の研究インテグリティー(研究の健全性・公正性)、研究セキュリティーの検討においても示唆的であると言える。
※本記事は 日刊工業新聞2024年6月7日号に掲載されたものです。
<執筆者>
鈴木 和泉 CRDSフェロー
国立大学専門職員、コンサルティング会社シニアコンサルタントなどを経て現職。これまでに国連の持続可能な開発目標(SDGs)とインクルーシブイノベーション、介護ロボットなどのプロジェクトに従事。現在は、経済安全保障と新興技術の調査分析業務担当。法学・政治学修士。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(243)米の研究セキュリティー対策、リスクを評価・共有(外部リンク)