2024年4月19日

第238回「データ駆動材料開発 実験重視で革新力」

材料開発新時代
2023年末、米国の研究機関が発表した2本の論文が学界をにぎわせた。人工知能(AI)システムを用いた材料探索により、蓄電池、太陽電池、集積回路などに利用できる新たな200万種もの候補物質を予測した論文である。これは今までに発見されてきた無機結晶物質の40倍にも及ぶ数を予測したことになる。また、これらの候補物質の合成方法は、自律型ロボットを用いた実験により短期間で探索可能であることも示された。

AIとロボットを活用した材料開発は、従来の方法を根本から変えるものとして最近活発化している。新材料を設計・合成するためにはさまざまなデータが必要であるが、これらのデータを多量に用意することが難しいため、良質なデータをいかに集められるかが成否を分ける。

少量でも良質なデータが得られれば、そのデータを使って実験サイクルを回しながら、よりよい材料へと最適化を進めることができる。また、そのための手法に関する研究も現在進んでいる。1個の実験データは数百個の計算データに匹敵するという見解もあり、良質な実験データは特に重要である。

日本では、マテリアル革新力強化戦略の下、実験と計算のデータを併せて蓄積し活用を目指すさまざまなアプローチが進んでいる。文部科学省マテリアルDXプラットフォーム、産業技術総合研究所マテリアル・プロセスイノベーションプラットフォーム(MPI)に加え、科学技術振興機構(JST)や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)でもプロジェクトが進行中である。

匠の能力拡張も
AIやロボットを活用する場合でも、材料のさまざまな特性を同時に実現したり、合成プロセスを最適化したりする際に、数多いパラメーターをすべて網羅的に検討することは難しい。重視する材料特性の選択やデータ活用方法の選定には、研究者(匠)の専門性や勘・こつ・経験といった暗黙知が重要である。一方、データを活用することは、新たな因果関係や理論を見いだしたり、それら暗黙知を増やしてひらめきを触発したりと、匠自身の能力拡張にも有用である。

現在、マテリアルDXプラットフォームやMPIなどでは最先端実験設備の共用環境を提供しており、共同研究や材料データの利活用の環境整備も進んでいる。このような仕組みにより、アカデミアだけではなく企業研究者も、データを活用した材料開発に取り組みやすい環境が整いつつある。

材料を生み出すリアルワールドで日本の強みを今後も維持し強化していくためにも、実験を重視し、AI、ロボット、データ活用を進めることが有効だろう。

※本記事は 日刊工業新聞2024年4月19日号に掲載されたものです。

<執筆者>
福井 弘行 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)

東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。総合化学メーカーにて、触媒、機能性材料などの研究開発に従事後、20年より現職。ナノテクノロジー・材料分野の研究開発戦略立案を担当。博士(工学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(238)データ駆動材料開発 実験重視で革新力(外部リンク)