2023年12月22日

第224回「AIと合成生物学 新しい発見・創薬可能」

研究対象が拡大
人工知能(AI)を用いた研究対象が化合物からたんぱく質、細胞へと拡大している。AIプログラムAlphaFold2の登場によって、アミノ酸配列からたんぱく質の3次元構造の予測が可能になった。並行して、いま流行の大規模言語モデルを用いたたんぱく質設計プログラムが作成されている。そうしたプログラムを用いて、ペプチドから複雑な抗体や酵素など幅広い人工たんぱく質を作製し、それらによるがんの治療を模索するスタートアップも誕生している。

また、論文など、臨床試験およびオミクスデータを分析して疾患の治療標的たんぱく質を特定するAI、その標的の構造を予測するAI、その構造に働きかける化合物(薬)候補を生成するAIの三つのアルゴリズムを用いた一連の創薬の概念が実証されている。

AIによる細胞の代謝経路予測や遺伝子回路設計が可能になり、ゲノム合成などにより長いデオキシリボ核酸(DNA)配列を比較的安価に合成することも可能になった。これにより、大規模言語モデルを用いて、細胞内の遺伝子ネットワークの状態と細胞の状態の因果関係を予測するツールの開発や、酵母の全ての染色体を人工染色体へ置き換える研究が進んだ。

細胞をプログラム(人工改変)して治療に用いるといったスタートアップも出てきている。また、ワシントン大学、アレン研究所などが立ち上げた「シアトル合成生物学ハブ」では、健康な細胞が病気に進行する一連の出来事を明らかにすることなどを目的として、AIを活用して数百万の細胞のゲノム変化をリアルタイムで同時に監視、記録することに取り組む。

革新技術が登場
1細胞解析や細胞の位置情報を含めた空間オミクス技術、ゲノムの編集や合成技術、クライオ電子顕微鏡や超解像顕微鏡技術、AI技術に代表される革新的な基盤技術が2010年前後に立て続けに登場した。生体のたんぱく質や細胞の動態を高い時空間分解能で見ることが可能になり、生命や疾患の再定義が可能になった。

こうした先端技術を組み合わせて用いることにより、新しい発見や創薬が可能になる。例えばAI創薬企業のなかには、社内にロボット化されたラボ施設を構築し、機械学習に有用なトレーニングデータを効率的に取得するところも出てきた。

オンデマンドでデータの量と質を担保しながら収集し、AIと合成生物学を駆使した研究開発を進める時代が見えてきたが、コストが高いという課題もある。技術進展に伴い科学技術を支える研究環境の見直しが必要ではないだろうか。

※本記事は 日刊工業新聞2023年12月22日号に掲載されたものです。

<執筆者>
島津 博基 CRDSフェロー

大阪大学大学院理学研究科修了。研究開発戦略センターでは、人工知能(AI)、バイオやマテリアル分野への研究開発戦略立案を担当するほか、研究力やスタートアップシステムの国際比較などを執筆。弁理士試験合格。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(224)AIと合成生物学 新しい発見・創薬可能(外部リンク)