第222回「科学変えるメタサイエンス」
新たな運動
「科学が問題を抱えている」。これは科学力低下が指摘されて久しい日本だけでなく、世界共通に聞かれる懸念である。どうすれば科学に効果的な投資を行い、成果が社会に還元される好循環を作っていけるのか。資金配分のあり方、学術情報の流通、評価の方法、研究者の多様性、研究カルチャーなどの各面で構造的改善が必要だとの認識のもと、「メタサイエンス」という言葉が近年脚光を浴びている。
メタサイエンスは、科学史・科学哲学などの「科学をメタに記述する学問」という従来の意味から拡大し、科学の営みに対する理解と改善を目指す研究や実践を指す。研究結果が追試で再現できない問題の顕在化、何千万もの論文を分析する書誌計量学の高度化、学術成果を広く利用可能にするオープンサイエンスという過去10年の三つのトレンドが重なり、運動として盛り上がりを見せている。
その中心の一つが、2019年より2年おきに開催されている国際会議メタサイエンス・カンファレンスだ。筆者も参加した23年の会議(米国ワシントンDC)には、各国からのメタサイエンス実践者に加え資金配分機関の関係者も参加し、科学の信頼性、査読の問題、研究評価、人工知能が科学をどう変えるかなど、幅広いテーマの研究発表と議論がなされた。
変革の旗印に
各国の政策も、メタサイエンスの看板を取り入れ始めている。米国国立科学財団(NSF)や英国研究・イノベーション機構(UKRI)は今秋、相次いで関連する施策を発表した。ただし、運動の発端はあくまで研究者たちの問題意識にある。近年、新たな仕組みを持つ学術出版プラットフォームや、研究環境の改善を目指す企業などを自ら立ち上げる若手研究者の活動がみられる。
物理学者で著書「オープンサイエンス革命」で知られるマイケル・ニールセン氏は22年、政策的な取り組みの「外」から科学の変革を担う人々を「メタサイエンス・アントレプレナー」と名付け、そのコミュニティーを作る重要性を訴えた。
科学の現状に関する知見を基に、政府や研究機関だけでなくアントレプレナーたちがおのおの改善に取り組む。このダイナミズムがメタサイエンス運動をもり立てている。
科学そのものを研究し、科学をメタに捉える試みは古くから存在した。今般のメタサイエンス運動は、今日の科学がそうした知恵の統合を必要としていることを映し出す。日本でも、科学をよりよく変えるための知恵と人を結集させる旗印として「メタサイエンス」を活用する余地は大いにあるだろう。
※本記事は 日刊工業新聞2023年12月8日号に掲載されたものです。
<執筆者>
丸山 隆一 CRDSフェロー
東京工業大学総合理工学研究科修士課程修了(理論神経科学)。出版社勤務を経て20年より現職。科学技術イノベーション政策についての調査業務に従事。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(222)科学変えるメタサイエンス(外部リンク)