第218回「医薬品 安全性評価の展望」
流通価格が高騰
新規医薬品は多くの評価を経て初めて患者さんに届けられる。その中でも安全性評価は重要であり、特にカニクイザルはヒトに近縁で生理機能が似ていることから広く利用される。しかし、中国が2020年に輸出を停止したことで、世界中で流通価格が高騰した。
海外の主要国は既に対応する動きを見せている。例えば、米国や韓国は自国内での繁殖強化に向けて国立霊長類研究センターの拡充を図っている。わが国でも議論が始まりつつある。
現時点では資金力のある大手製薬企業への影響は限定的だが、資金力の乏しいアカデミアや創業間もないスタートアップは影響を受ける可能性がある。
22年、米国食品医薬品局(FDA)は、創薬の安全性評価における動物使用を義務づけない、とする方針を発表した。昨今の動物倫理・福祉の世界的潮流の影響も受けている。
サルなどの動物に代わるものとしては、ヒト細胞から構築されたオルガノイド(試験管中で培養するミニチュア臓器)が注目されている。実際にヒトオルガノイドを使って得られた有効性データに基づいて、臨床試験が開始された事例が既に登場している。
さらに海外の大手製薬企業Rocheがオルガノイドの研究機関を設立するなど、新たな安全性評価の手段として期待が高まっている。しかしながら、現段階で動物実験に代わる水準には到達できていない。
重要な研究課題
実用可能なレベルにするためには、ヒトオルガノイド培養技術の深化や人工知能(AI)を用いた基礎研究、臨床データの相関解析などが重要な研究課題だ。
わが国のオルガノイド技術については、政府による開発支援が行われており、国際的にレベルが高い。さらにこれまで蓄積してきた再生医療技術の寄与も相まって、世界をリードすることが期待される。
医薬品開発は国民の生活の質を向上させるだけでなく、産業競争力強化の観点からも重要だ。日本発の画期的医薬品創出を加速するため、アカデミアやスタートアップへの安全性評価実施体制の構築支援、さらに新規評価技術の開発・普及への継続的支援が必要である。
※本記事は 日刊工業新聞2023年11月10日号に掲載されたものです。
<執筆者>
舩木 美歩 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)
東北大学大学院薬学研究科修士課程修了。医薬品メーカーにてバイオ医薬品の技術開発や薬効評価に取り組む。22年から現職。ライフサイエンスおよびメディカル関連のテーマを対象に調査や分析を実施。
<日刊工業新聞 電子版>
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