第205回「研究開発を俯瞰する④ データ活用の生命科学」
ライフサイエンスの研究開発動向を俯瞰した結果、ビッグデータを活用した研究開発が急速に進展していることが見いだされた。
取り組み活発
健康・医療分野での予防・個別ヘルスケアに向けた研究開発や、農業・生物生産分野での持続可能な社会の構築につなげようとする取り組みが世界的に活発になっている。
医療機関が取得する医療機器などからのデータに加え、個人がウエアラブルデバイスなどを用いて取得する日常の行動やバイタルデータから健康状態を把握し、予防・早期診断に役立てようとする研究開発が急速に進んでおり、各種計測デバイスの開発競争は激しさを増している。
また、農業においては、ドローンなどを用いて農作物の生育状態が細かく観察され、AIを活用した解析が行われている。これをもとにピンポイントで農薬や肥料を散布することで環境負荷を低減させる精密農業に向けた技術開発が進んでいる。
科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)では九つの研究開発動向に注目したが(表)、その全てにおいて大規模データの収集とその活用が肝となっている。わが国では、データ取得のための機器整備や、データの一元管理、産業界を含めた連携の取り組みが欧米に比べ遅れていることから、適切なデータプラットフォーム(基盤)の整備が課題と考えられる。
社会との対話
医療データの活用に際し個人情報保護は非常に重要だが、保護を重視し過ぎると活用が進まない。欧州では個人情報保護に関する法制度が整備され、国をまたいだデータの利活用が進んでいる。わが国でも、個人情報保護法が改正されるなど環境整備が進んでいるところだが、信頼できる医療データの活用を加速させることが必要である。
また、注目する研究開発動向の一つとしてゲノム工学があるが、わが国ではゲノム編集されたトマト、マダイ、フグが世界に先駆けて市場に出回っている。
このような先端技術を実社会で活用する際は、開発者の独りよがりにならない、社会との丁寧な対話が求められる。
ライフサイエンスの研究成果は、医療や食事など人の身近な生活に関わるものである。一般市民を含むステークホルダーと開発者が自分事としてさまざまな場面でオープンな議論を行い、人々の生活がよりよいものになるように進めることが重要である。
※本記事は 日刊工業新聞2023年7月28日号に掲載されたものです。
<執筆者>
小泉 聡司 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)
東京大学大学院農学系研究科修士課程修了、博士(農学)。化学メーカーにて微生物を用いたモノづくりに従事。2020年より現職。ライフサイエンス・生物生産分野の俯瞰調査・政策提言の作成に従事。
<日刊工業新聞 電子版>
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