2023年6月16日

第199回「研究開発を俯瞰する② 持続可能な社会への課題」

研究開発が加速
2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量の実質ゼロ)を掲げる国は日本を含め150を超える。その方針は各国の科学技術イノベーション政策にも落とし込まれ、研究開発動向にも顕著に現れてきた。

例えば化石燃料を代替する水素・アンモニアなどに関しては、大型水電解システムによる水素製造の開発のほか、国際供給網構築を見据えた輸送や火力発電適用の実証試験などが進められている。風力発電や太陽光発電では、天候により変動する出力を有効に利用するため、予測精度向上などの対策が課題である。

このような中、各国は基礎研究の強化とともに、研究開発やイノベーション創出のための新たな推進方策を展開し始めている。

また大気中の二酸化炭素(CO2)を分離・回収して貯留するネガティブエミッション技術は、カーボンニュートラルの実現に不可欠との認識が定着しつつある。工業的な分離・回収プロセスやシステム開発に加えて森林や農地土壌、沿岸域などでの自然を活用したアプローチも活発化している。

困難に直面
カーボンニュートラル社会への移行の過程ではさまざまな困難に直面する。例えば産業活動における化石燃料由来の熱利用は大規模で成熟したプロセスゆえに脱炭素化が容易ではない。再生可能エネルギー由来の電力から生産される「グリーン水素」の普及においては電力の確保やコストがボトルネックだ。新たな技術を普及させるインフラ整備も欠かせない。さらにネガティブエミッションの推進には強いインセンティブも必要である。

また気候変動対策は世界のエネルギー情勢にも左右される。ロシアのウクライナ侵攻を受けて多くの国がエネルギー安全保障を優先し、当面のエネルギー資源確保に注力した。結果として一時的ではあるにせよカーボンニュートラル実現への歩みが停滞しかねない事態となった。

持続可能な社会への移行には長い時間を要し、その間に生じる不確実性への対処が欠かせない。いわば不確実性のマネジメントだ。①移行の促進、②移行の状況把握・予測・評価に加えて、③移行の停滞や負の側面への備えも重要な柱となる。③に関してはエネルギー需給の安定化が代表的な課題であり、エネルギーシステム全体での調整力強化が重要になる。カーボンニュートラルの実現は簡単な目標ではないが、これら三つの柱を念頭に、社会とともに研究開発を推進していく必要がある。

※本記事は 日刊工業新聞2023年6月16日号に掲載されたものです。

<執筆者>
中村 亮二 CRDSフェロー(環境・エネルギーユニット)

首都大学東京大学院博士後期課程修了、博士(理学)。JSTでは調査分析や政策提言の作成などに従事。内閣府への出向などを経て現職。「研究開発の俯瞰報告書 環境・エネルギー分野(2023年)」の全体とりまとめを担当。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(199)研究開発を俯瞰する(2)持続可能な社会への課題(外部リンク)