2023年5月26日

第196回「科学技術とスタートアップ」

業界・分野特性
2010年代に入り、世界で新しいモノやサービスの創出においてスタートアップの存在感が顕著である。Yコンビネーターのようなビジネス拡大を支援するアクセラレーターの登場などによって、SaaS(サービスとしてのソフトウエア)やフィンテックに代表されるようなデジタル系のビジネススタートアップについてのイノベーションシステムが確立されてきた。世界のユニコーン企業の大半はこのタイプのスタートアップである。米国では、ビジネススクール出身者を中心にこうしたスタートアップが盛んに創出されている。

では、ディープテックとも言われるような科学技術ベースのスタートアップについてはどうであろうか。起業のシーズ開発にも、起業後の育成にもコストと時間を要する。米国で創薬分野を中心に知見が蓄積しつつあるものの、他の分野では確固たるシステムが確立されておらず、模索が続いている。

ESG(環境・社会・企業統治)投資の流れも受けて、二酸化炭素(CO2)排出量ネットゼロを目指した気候テックへの投資が盛んである。05年からの再生可能エネルギーやスマートグリッドを中心としたクリーンテックブームは失敗に終わったと言われている。そこからの教訓を反映したい。このように一口にスタートアップと言っても、ビジネスから科学技術まで多様であり、業界、分野の特性を踏まえた支援が重要である(図)。

大学の戦略
米国の大学では一般的にはハイリスクと見なされて敬遠されがちな科学技術ベースのスタートアップへの投資を行うベンチャーファンドの創設が相次ぐ。ドイツでは25年という長い存続を目標としたディープテックと気候テックのための官民ファンドを創設した。

米国には、革新的な研究シーズに加え、科学技術を理解する経営、目利き、金融人材も豊富である。大学にビジネススクール、TLO(技術移転機関)に加え、アクセラレーターやベンチャーキャピタル機能を充実させ、教育から起業支援までのアントレプレナーシップエコシステムが形成されている。バイオ分野やエネルギー分野で数少ない研究成果スタートアップのユニコーン企業が米マサチューセッツ工科大学(MIT)のような特定の組織から多く出ているのは決して偶然ではないだろう。

日本でも大学の第三の使命である社会貢献を教育、研究と接続させていくことが必要であるし、ここに民間人材の活力も利用できるであろう。一方、スタートアップシステムの根幹である人材流動性はもちろん、エグジット(出口)においてM&A(合併・買収)が極端に少ないことやIPO(新規株式公開)時の時価総額が米国に比して1ケタ少ないことなどから、経済システムの見直しも必要であろう。

※本記事は 日刊工業新聞2023年5月26日号に掲載されたものです。

<執筆者>
島津 博基 CRDSフェロー

大阪大学大学院理学研究科修了。研究開発戦略センターでは、人工知能(AI)、バイオやマテリアル分野への研究開発戦略立案を担当するほか、研究力やスタートアップシステムの国際比較などを執筆。弁理士試験合格。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(196)科学技術とスタートアップ(外部リンク)