第188回「工学基盤研究の重要性」
企業ニーズ対応
昨今、ドイツのフラウンホーファー研究機構による産学の橋渡し機能が「フラウンホーファーモデル」と呼ばれ、日本の科学技術・イノベーション政策の議論の中で注目されている。
フラウンホーファー研究機構は主に応用研究を担う公的機関で、研究所のほとんどは大学の敷地内に立地し、研究所長は大学の教授を兼務するなど大学と密接な関係にある。地域の中小企業から委託を受けて大学での研究成果をつなぐ役割も果たす。企業からの委託研究費の多寡が国からの運営費交付金に反映されるため、産との連携にも積極的である。また委託研究で実質的に研究を行う大学院博士課程学生や博士研究員(ポスドク)にとっては、若い頃から企業ニーズに対応した研究マネジメント能力が養われるという利点もある。
連携前提で支援
ドイツでは、基礎研究段階での産学連携を前提とした支援も行われている。その一例として、助成機関であるドイツ研究振興協会(DFG)による共同研究センター事業がある。この事業は公的研究機関の一つであるマックス・プランク協会などの国立研究機関や大学を対象とした拠点型事業であり、特に工学系のプロジェクトでは、その下で基礎研究から研究成果の技術移転検討までを行うことができる。
また最長12年間にわたる期間が設定されており、大学や研究機関はじっくりと研究できるほか、人材育成のための教育プログラムの充実化を図ることもできる。
今日、製造業、殊に革新的な運輸機器やエネルギー機器のための研究開発では、流体や熱、構造・強度など複雑かつ複合的な現象を扱うため、物理学、化学、数学など基礎科学を用いて理解し、その知見を技術開発に応用する必要が生じる。こうしたいわば工学基盤研究に関連した取り組みは、前述のDFGの共同研究センター事業でも支援されている。
例えば、アーヘン工科大学、マックス・プランク鉄研究所によるプロジェクト「量子力学に基づく新しい鉄ベースの材料(設計材料開発とモデリング)」(2007-19年) があり、マテリアルデザインの飛躍的進化を目指した。
カーボンニュートラル実現やDXなど、製造業を取り巻く環境や期待は大きく変化している。
これらに応えるために工学基盤研究支援は重要であり、ドイツの基礎研究から応用研究にわたる産学連携を前提とした仕組みは日本にとっても参考になると考えられる。
※本記事は 日刊工業新聞2023年3月17日号に掲載されたものです。
<執筆者>
上野 伸子 CRDSフェロー(環境・エネルギーユニット)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は科学技術社会論。シンクタンクにて科学技術関連の調査業務やエネルギー分野の技術戦略策定に従事。20年より現職。
<日刊工業新聞 電子版>
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