2022年11月4日

第171回「「量子もつれ」存在確認」

通信など応用
今年のノーベル物理学賞が贈られることになった3氏。彼らは、量子もつれの存在を確かめ、通信や情報処理への応用を切り拓いた。

「量子もつれ」とは二つ以上の粒子の間の量子力学的な相関関係である。二つの光子の量子もつれ状態にはさまざまあるが、アスペの実験では一方の光子の偏光が縦なら他方は横、前者が横なら後者は縦という状態が利用された。「偏光同士が直交する」ことだけが決まっていて、二つの光子のそれぞれでどちらの偏光かは決まっていないところがポイントだ。

量子もつれを使えば超光速の通信(情報の伝達)ができるように見えるが、それは無理だ。例えば、二つの光子の片方を火星にいるアリスが、もう片方を地球にいるボブが測定することを考える。地球のボブが縦偏光を観測したとき、それが遠く火星にいるアリスが横偏光を観測したためか、そうでないのかという情報を瞬時に(光速を超えて)知る術はない。

量子もつれは量子通信や量子コンピューターなどさまざまな量子技術に重要な役割を果たす。例えば、量子もつれを利用するとランダムなビット列を安全に共有できる。モノガミー(一夫一婦制)という性質があり、二つの光子が最大量子もつれの状態にあるときにはそれ以外の宇宙全体も含めた系との相関がゼロになるので盗聴できないのだ。物理法則で守られた究極のプライバシーともいえるこの性質は、BBM92という量子暗号鍵配送プロトコルの安全性を保証している。

量子もつれ状態にある光子対を通信路とすれば量子系そのものを移送することなく、遠隔地に伝送することが可能だ。アリスが送りたいメッセージ量子ビットが消え、遠く離れたボブの手元で再生されるので「量子テレポーテーション」の名がついたが、これも超光速通信ではない。通常の通信路でアリスの測定結果をボブに伝える必要があるのだ(図)。

分野発展 後押し
量子情報科学は米国物理学会では2017年に部門へと格上げされ、今や物性や素粒子と並ぶ一大分野である。トポロジカル物質を量子もつれの量で首尾よく分類できたり、ブラックホールの情報パラドックスを解決に導いたりと、量子情報の概念の有効性は枚挙にいとまがない。量子力学を情報理論とみなす新しい教科書も登場した。理論・実験の両面での日本人研究者の貢献も小さくない。この大きな流れを生んだ原点ともいえる3氏の実験にノーベル賞が贈られることは、分野のさらなる発展を大きく後押しするだろう。

※本記事は 日刊工業新聞2022年11月4日号に掲載されたものです。

<執筆者>
嶋田 義皓 CRDSフェロー

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。日本科学未来館で解説・実演・展示制作に、JST戦略研究推進部でIT分野の研究推進業務に従事後、17年より現職。著書に『量子コンピューティング』。博士(工学、公共政策分析)。

<日刊工業新聞 電子版>
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