2022年10月14日

第168回「ニューロテック 進む産業化・ルール形成」

脳変える技術
「ニューロテクノロジー」とは脳から情報を読み取る、あるいは脳に介入する技術。埋め込み電極による高頻度刺激を用いたうつ病治療や、脳波を使ったデバイス制御など、研究室の中のものだった技術が医療・非医療を問わず社会へ出てきている。米国を中心にスタートアップの企業数や投資額が急伸し、イーロン・マスク氏率いるニューラリンク(サンフランシスコ)をはじめ、業界をリードする各社の繰り出す技術・サービスに熱い視線が集まる。

誰の頭にもよぎるのは「どこまでやっていいのか?」という問いだろう。脳のデータは新たな差別を生まないか、脳に働きかけることは人格や自律性を脅かさないか。侵襲性に程度の差はあれ、脳に関わる技術には固有の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)がつきまとう。

一方、「危なそうだからやめておこう」との態度はイノベーションを阻害しかねず、また議論を避ければ技術のなし崩し的な受容も招きかねない。むしろELSIに正面から対峙し、健全な実装への道を探るべきだ。

社会でかじ取り
近年、国際社会では、ニューロテクノロジーに関する規範・ルール形成の動きが活発化している(表)。国内でも、当該分野の企業や脳科学研究者がつながるネットワーク(応用脳科学コンソーシアム、ブレインテック・コンソーシアムなど)、国のムーンショット型研究開発プロジェクトにおける法学者を中心とする「インターネット・オブ・ブレインズ・ソサエティ(IoB-S)」やエビデンス整備・構築を行うプロジェクトなど、研究開発と並走するELSI検討・実践が本格化している。

日進月歩の技術がもたらす不確実性のなか、産業界による標準獲得を巡る国際競争と、「人間としてどんな存在でありたいか」という根源的な価値観にまで遡及する議論とが同時に進む。ニューロテクノロジーが象徴するのは、今日の科学と社会のそうしたダイナミズムだ。

そこでは、脳の解明にまい進する科学者、製品・サービスを展開する事業者、倫理や法の観点から対応を検討する人文・社会科学の研究者、規制当局や行政担当者、そして潜在的な受益者である私たち市民を交えた、包摂的かつ戦略的なガバナンス(=かじ取り)が求められている。

※本記事は 日刊工業新聞2022年10月14日号に掲載されたものです。

<執筆者>
丸山 隆一 CRDSフェロー

東京工業大学総合理工学研究科修士課程修了(理論神経科学)。出版社勤務を経て2020年より現職。科学技術イノベーション政策についての調査業務に従事。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(168)ニューロテック 進む産業化・ルール形成(外部リンク)