2022年9月9日

第163回「AI・シミュレーション融合」

科学研究 加速
現在の人工知能(AI)技術の中核は、大量の過去事例から規則性を見いだすことで、分類、異常検知、予測、変換などを可能にする機械学習である。応用がさまざまな分野に広がったが、対象の挙動変化、希少事例など、過去事例を大量に集めてもカバーしきれないケースで問題が生じる。人の行動など、プライバシー面から扱いにくいケースもある。

一方、シミュレーションは、あるモデル・条件下でどのような挙動が起こり得るかを計算機上で模擬することで、アクションの結果予測・選択を助ける技術である。さまざまなモデル・条件での精緻な模擬には、膨大な実行時間と試行錯誤的調整が必要であった。

これらの問題克服のために両者の融合が有効である。機械学習は帰納型、シミュレーションは演繹型なので、相互に補完し合う関係になる。

この融合が進んだ注目分野は、まず材料開発、創薬、気象予測などの科学研究である。機械学習との融合によって、科学的原理に基づく挙動の多様かつ精緻な模擬の実行時間短縮・調整容易化が可能になり、例えば材料開発のために、汎用性の高い原子レベルの超高速シミュレーションサービスが提供されるようになった。

社会現象分析
もう一つの注目分野は、交通制御、商取引・需給調整、避難誘導、感染症予測など、人々の活動を含む社会現象分析と、社会問題対策・ビジネスへの応用である。ここでは、個々の要素(人・車など)の挙動の集積が社会現象となる一方、社会現象を知って個々の挙動が変化してしまう(ミクロマクロループ)。冒頭で述べた機械学習の弱点を補うため、エージェントと呼ぶAIソフトウエアの群の挙動によって社会現象を模擬するマルチエージェントシミュレーションの活用が有効であり、上述のような応用で実用化が進みつつある。

多様性・偶発性があり複雑な人々の行動や社会現象の模擬は本質的に難しい。しかし、それに迫るべく、人の振る舞いやインタラクション特性の理解・機械学習、エージェント間の交渉・調整・連携の仕組みなど、より高度なエージェントの実現を目指す研究開発が活発に行われている。

このようなAI・シミュレーション融合は、社会問題対策、ビジネス、科学研究など、幅広い分野での活用が見込まれる。

※本記事は 日刊工業新聞2022年9月9日号に掲載されたものです。

<執筆者>
福島 俊一 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)

東京大学理学部物理学科卒、NECにて自然言語処理・情報検索の研究開発に従事後、2016年から現職。工学博士。11-13年東大大学院情報理工学研究科客員教授、情報処理学会フェロー。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(163)AI・シミュレーション融合(外部リンク)