第139回「「総合知」新たな信頼築く」
デジタルの弊害
昨今、信頼(トラスト)を掲げる動きが目に付く。例えば人工知能(AI)関連では、わが国のAI戦略に「信頼される高品質なAI」が掲げられ、欧州委員会から「信頼できるAIのための倫理指針」が発表された。AIに限ったことではなく、ダボス会議で「信頼性のある自由なデータ流通」が提唱された。国際学会でも信頼に関わる問題が論じられる機会が増えている。
相手を信頼するというのは、必ずしも完全な裏付けがなくとも、相手は自分を裏切らないと思えるということである。信頼することで、安心して迅速に行動・意思決定できるようになる。日常でもビジネスでも、協力や取引に信頼関係は不可欠である。
ところが昨今、フェイクニュースによる世論誘導、なりすましによる詐欺被害などが社会問題化している。信頼を掲げる動きが目に付くというのは、今日の社会において信頼がうまく働かなくなってきたことの裏返しなのである。
その原因として、デジタル化の進展は無視できない。旧来の信頼関係は、身近な人間関係の中で相手をよく知ることで生まれていた。しかし、デジタル化の進展に伴い、インターネットを介したバーチャルな人間関係が広がった。ブラックボックス型AIをはじめ、複雑でその仕組みを理解することが難しい技術・システムを相手にすることが増えた。
見破ることが困難なフェイク生成や偽装・なりすましなど、だますデジタル技術が高度化した。
道具・判断材料
デジタル社会において、どのようにすれば、人々、組織、情報、システム、制度、科学技術などの間に信頼関係が形作られるかが、今日の重要課題である。信頼し得るかの判断を助けるため、デジタル認証・生体認証、改ざんを防ぐブロックチェーン、AIの判定根拠の説明技術、フェイクを見破る技術など、さまざまな研究開発が進められている。
しかし、それらは道具・判断材料であり、信頼関係が築けるかは、人々の主観や社会規範などにも大きく依存する。折しも「第6期科学技術・イノベーション基本計画」で、技術開発と人文・社会科学の知見を合わせた「総合知」の活用が打ち出された。デジタル社会に新たな信頼の形を生み出し根付かせるためにも、「総合知」による取り組みが重要になる。
※本記事は 日刊工業新聞2022年3月11日号に掲載されたものです。
<執筆者>
福島 俊一 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)
東京大学理学部物理学科卒、NECにて自然言語処理・情報検索の研究開発に従事後、16年から現職。工学博士。11-13年東大大学院情報理工学研究科客員教授、情報処理学会フェロー。
<日刊工業新聞 電子版>
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