2022年3月4日

第138回「老化制御で健康長寿社会実現」

加齢性疾患
世界で高齢化が急速に進行している。日本の65歳以上の人口は29.1%(2021年)から37.7%(50年)になるとの政府推計がある。平均寿命の延伸とともに、健康上の制限なく日常生活が可能な健康寿命も延伸したが、その差である約10年間の不健康期間が問題だ。健康寿命の延伸を阻害する主な要因が、循環器疾患などの加齢性疾患である。人々が健康に長生きをするため、対策が必要だ。

加齢性疾患対策では、老化と加齢性疾患のメカニズムの理解、診断・治療技術の開発、医療提供体制・法規制の整備、公衆衛生施策の推進などが重要になる。近年、加齢に伴う老化の分子メカニズム研究に新展開が見られ、老化を標的とした診断・治療技術の確立へ期待が高まっている。

88年、線虫という小さな生物で、特定の遺伝子変異による寿命延伸が発見された。これを契機に、老化の分子生物学研究が世界中で活発化し、国内でも老化関連遺伝子が発見されるなど国際的に注目された。

10年代以降、老化の制御につながりうる研究成果が次々と報告されている。例えば、若いマウスと老齢マウスの血管を外科的に接続し血液を循環させると、老齢マウスの生体機能が回復した。加齢に伴いマウス体内に蓄積する老化細胞を除去すると、健康状態が改善し寿命が延びた。これら現象のカギを握る、分子や細胞の探索研究が進行中だが、現時点ではマウスを扱った研究成果にとどまる。これら以外にも、老化を制御しうる、さまざまなアプローチが存在すると考えられる。

分野融合研究
今後は、関連分野を融合した研究推進が望まれる。例えば、多臓器連関、血液循環、代謝、炎症、神経、栄養など、わが国が強い分野が老化と深く関係する。さまざまな生物種やヒトを対象に、分野融合研究を推進することで、老化の本質に迫り、新たな老化制御コンセプトの創出が期待される。わが国が戦略的に研究開発を推進することで世界をリードできる可能性がある。

ヒトの老化制御の臨床応用に向けた動きも活発だ。10年代後半より、主に米国で、ヒト老化制御に関するスタートアップが次々と設立され、資金調達総額は60億ドルを超える。

将来的に、老化はある程度までは制御可能になると考えられている。その結果、健康格差、働き方や定年、老化に対する差別、医療費・介護費、社会制度など、多方面の影響も懸念される。人文社会科学・自然科学の研究者、および産官民の関係者が議論を開始すべきである。

※本記事は 日刊工業新聞2022年3月4日号に掲載されたものです。

<執筆者>
辻 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療データ、研究環境整備などさまざまなテーマを対象に調査・提言を実施。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(138)老化制御で健康長寿社会実現(外部リンク)