第116回「AIでノーベル賞級発見」
AI科学者
深層学習をはじめとする人工知能(AI)技術の発展が目覚ましい。高精度の画像認識に始まり、人の世界チャンピオンに勝つコンピューター囲碁プログラムも登場した。さまざまな問題に適用できるAI技術を科学の先端研究に役立てようというのは自然な流れだ。実際、生命科学や物理学など多くの分野ではすでに何らかの形でAI技術が使われている。
近年注目されているのはAI技術による科学的発見の加速である。人間にあまり知られていない手をAI棋士が打ったように、「AI科学者」なら人間の科学者が気づけない新規化合物や新法則を発見できるのではないかという期待だ。
米国では国防高等研究計画局(DARPA)が早期から注目し、近年エネルギー省も「科学のためのAI」イニシアチブを開始した。日本では内閣府「AI戦略」に「AIによる科学的発見の研究」が記載され、JST未来社会創造事業「ロボティックバイオロジーによる生命科学の加速」でロボットによる生命科学実験の自動化プロジェクトも始まった。
人と機械 協働
科学的発見の技術的ハードルは高い。英国アラン・チューリング研究所の「チューリングAI科学者グランドチャレンジ」ではAIによるノーベル賞級の発見は2050年の目標とされている。
課題は人とAIシステムとの役割分担にある。まず、膨大な仮説を計算機で生成・探索する「仮説推論」は、知的基盤なしではすぐに「車輪の再発明」になり非効率だ。そのため、背景知識の機械可読な形での用意が求められる。
また、人が適切に介入し、価値判断の基準や新しい仮説の評価法をAIシステムに入力する必要がある。
実験を通じた「仮説検証」では、計算機シミュレーションで実験の量を減らしつつ、ロボット導入や機器のネットワーク化などラボ・オートメーションが必要だ。科学者を単純作業から解放し、検証を高速化、同時に再現性の確保にも役立つ。実験のデザインは引き続き人の知恵に頼るところが大きいだろう。
科学研究と新発見は私たちの文明を前進させる駆動力である。イノベーション促進や気候変動対策はもちろん、直面する新型コロナウイルス感染症への対応など、科学の重要性を疑う余地はない。科学のプロセスを科学的な視点で理解し、AIやロボットという工学的な視点で再構築して加速することは、私たちの未来にとって極めて重要な意味を持つ活動となろう。
※本記事は 日刊工業新聞2021年9月10日号に掲載されたものです。
<執筆者>
嶋田 義皓 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。日本科学未来館で科学コミュニケーターとして展示解説や実演・展示制作に、JST戦略研究推進部でIT分野の研究推進業務に従事後、17年より現職。博士(工学、公共政策分析)。
<日刊工業新聞 電子版>
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