2021年8月20日

第113回「「研究開発の俯瞰報告書」より⑥ 科技政策 大きな転換点」

2021年度は改正「科学技術・イノベーション基本法」と「第6期基本計画」のスタートの年である。基本法の改正によって科学技術の対象に人文科学も含め、さらにイノベーションの創出を含むよう拡大するとともに、新基本計画では国民の多様な幸せを実現するという方針が打ち出された。いずれもこれまでの科学技術の政策が大きな転換点に来たことを示している。

10の視点
このような科学技術・イノベーション(STI)政策の動きを図のような10の視点から多角的に俯瞰してみると、一つの領域の政策は他の領域にも密接に連動していることが分かる。例えば基本法改正によって付け加わった「イノベーションの創出」には産学官連携の政策だけでなく、地域振興や知的財産、資金制度まで関係してくる。

また、新基本計画で掲げられた「総合知」については文・理の研究者の協働を促す政策だけでなく、社会との積極的な関わり合いも欠かせない。このようにわが国のSTI政策全体を、複合したシステム系として捉えることによって、政策の効果や影響の相互関係も見えてくることが期待される。

現実問題として、最近のわが国の科学技術力が低下しているとの危惧が高まっている。大学の研究設備は老朽化し、研究を支える博士課程学生が減少している。研究者にとって最も大切な研究時間ですら21世紀に入ってから14%も減った。多角的な政策俯瞰からの問題意識として、個々の政策の副作用が連鎖的に他の領域に及び、STI政策の全体システムが負の循環に陥っているのではないかということがある。

風土変革を
「研究開発の俯瞰報告書 統合版(2021年)」にはSTIの諸問題に通底するいくつかの課題を記述している。そこでは、基礎研究から応用研究まで全体のポートフォリオをしっかりとさせること、政策評価をきちんと行って知見や教訓を次の政策に生かすこと、失敗も許容する前向きな研究風土を作ること、分野を超えた「共創」を実践することなどを挙げている。

いずれも一朝一夕に達成できるものではない。しかし新型コロナウイルス感染症によって社会のありさまや人々の考え方が大きく変わりつつある今こそ、負の循環から抜け出すために研究風土の変革を進める絶好の機会ではないだろうか。

※本記事は 日刊工業新聞2021年8月20日号に掲載されたものです。

原田 裕明 CRDSフェロー(科学技術イノベーション政策ユニット)

名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了。富士通研究所にて画像処理などの研究開発、富士通にて経営企画、情報通信研究機構(NICT)にて産学連携の業務を経て現職。技術士(電気電子、情報工学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(113)「研究開発の俯瞰報告書」より(6)(外部リンク)