2021年7月30日

第110回「「研究開発の俯瞰報告書」より③ 科技の急速進展 日本の構造的課題」

15の研究動向
ライフサイエンス・臨床医学分野の「研究開発の俯瞰報告書」の作成を通じて、七つの世界的な潮流と15の注目研究動向(表)を抽出した。中でも大きな潮流として、「医薬モダリティー(手段)の多様化」、「医療・ヘルスケアのデジタルトランスフォーメーション(DX)」があるが、いずれも日本は取り残されつつあり、早急な対策が必要である。この二つは新型コロナ感染症とポストコロナ時代の研究にも直結する。

2000年代に隆盛となったバイオ医薬品の次世代医療として、核酸医薬、mRNA(メッセンジャーリボ核酸)医薬、遺伝子治療、細胞治療、ゲノム編集治療が出てきた。COVID-19に対しても、RNAワクチンが世界で初めて実用化したことをはじめ、多様な治療薬やワクチンのモダリティーの開発が加速したことが見てとれた。

DXは人工知能(AI)、クラウド、デバイスなどからのリアルワールドデータの三つの大きな技術的発展によって進化してきた。AIが医療機器、創薬のプロセス、電子カルテ・問診などに活用されている。ゲノム医療・リキッドバイオプシーら出てくる膨大なゲノム・オミックスデータや、ウエアラブルデバイスなどによる生理・行動・環境データが「治療から予防へ」、「画一から個別化・層別化へ」を後押ししている。ロボット・AIなどによる研究の自動化・自律化も進む。

COVID-19においても、世界各地の研究機関から提供された患者から採取したウイルスの遺伝子配列データをベースに、ウイルスの感染拡大の様子を系統樹や世界地図を用いて可視化したり、変異株の早期発見や拡散なども早期に認識できる。AIやスマホからのビッグデータ(大量データ)を活用した感染動向(経路・規模)予測や人の位置・移動情報の把握・利用により、感染の拡大を抑制するといったこともDXの一つといってよいだろう。

システムの改革
15の注目研究動向からも分かるように新しい科学技術の多くは異分野連携によって生じている。細胞治療を例にとると、がん免疫、遺伝子治療、細胞加工といった異なる分野の知識、技術を集結したものである。こうした領域は日本からはなかなか出てこない。基礎研究の土壌の再整備が必要である。また、米国ではイノベーションエコシステムが発達し、基礎研究と応用研究がほぼ同時的に進行するのに対し、日本は基礎研究が強い分野もなかなか応用に向かっていかないという環境(構造的課題)が存在することが見てとれた。ここに挙げた例はいずれも10年以降に生じたものだ。

こうした科学技術の急速な進展に応じて、社会としてイノベーションが起こりやすい研究開発のシステムを考える必要があるし、大学などにおいても研究開発のシステム、方法論を柔軟に変えることのできる仕組みの構築が必要であろう。

※本記事は 日刊工業新聞2021年7月30日号に掲載されたものです。

島津 博基 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

大阪大学大学院理学研究科修了。JSTでは産学連携事業担当を経て、情報、ナノテク・材料分野などで分野の俯瞰や研究戦略立案を担当。マテリアルズ・インフォマティクスの提言などを執筆。弁理士試験合格。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(110)「研究開発の俯瞰報告書」より(3)科技の急速進展、日本の構造的課題(外部リンク)