2021年7月16日

第108回「「研究開発の俯瞰報告書」より① 社会シナリオ 複線的に描く」

社会の「移行」を進めようという機運がこれまでにないほどに高まっている。コロナ禍での経済の落ち込みからの回復、いわゆるグリーンリカバリーの動きと相まって、先進国を中心に世界的な動きとなっている。目指す社会への移行を加速し、その過程とその先にある社会での優位性や主導権を巡り、各国、各企業が競い合っている。

中でも温室効果ガス排出の実質ゼロ実現に向けた動きは強力だ。研究開発動向の俯瞰(ふかん)的調査を行ったところ、こうした状況が研究開発のトレンドにも色濃く表れていた。

公的投資で推進
競争が活発な分野としては二酸化炭素(CO2)の分離・回収、回収CO2を利用した燃料や化合物の製造、電気・光分解による水からの水素製造、蓄電池などが挙げられる。これらは政策的に注力されてきた分野でもあり、日本が基礎科学的な強みを持っている。アンモニアの直接燃焼も国のプロジェクトを通じて科学的な理解が深まったことで注目されている。

基盤的・基礎的分野では新しい概念やツールが定着し始めている。例えば仮想空間に物理空間を再現し、あらゆるシミュレーションや予測を行う技術であるデジタルツインの応用が進んできている。微小で複雑なプロセスの解明を可能にするオペランド(その場)観察技術も多くの研究で適用されつつある。サイバーとリアルの組み合わせが研究開発の高度化を支えている。

気象・気候分野の進展も見逃せない。地球環境観測や気象予測の技術が、環境や防災などの分野のみならずエネルギーの分野でも重要性を増している。温室効果ガスと大気汚染物質を統合的に観測・解析して排出状況の把握に結び付ける動きもある。従来、気候変動予測は非常に長い時間スケールを扱うが、実社会とのつながりを強めるため、10年程度もしくはそれより短い期間を対象にした研究が重視され始めている。

方策を総動員
今後、社会の「移行」を実現させるためには、研究開発だけではなく規制制度、金融、国際連携などあらゆる方策の総動員が不可欠である。その際、現行の候補技術と並行して将来技術、将来人材の育成も忘れてはいけない。基礎科学の成果を社会実装可能な技術に育てるための基礎・基盤の強化も重要だ。これらが中長期的にはわが国の研究開発力の強化に最も効果的な方策ではないだろうか。

将来社会に向かうシナリオは複線的に考えておく必要がある。研究開発にも複線的な構えが求められる。

※本記事は 日刊工業新聞2021年7月16日号に掲載されたものです。

中村 亮二 CRDSフェロー(環境・エネルギーユニット)

首都大学東京大学院博士後期課程修了、博士(理学)。JSTでは主に調査分析や政策提言の作成に従事。内閣府への出向などを経て現職。直近では「研究開発の俯瞰報告書 環境・エネルギー分野(2021年)」の全体とりまとめを担当。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(108)「研究開発の俯瞰報告書」より(1)(外部リンク)