2021年7月9日

第107回「研究機器 エコシステム形成」

機器開発の課題
生命科学に革新をもたらした機器の代表格に、クライオ電子顕微鏡やDNAシーケンサーがある。未知のたんぱく質構造の解明やDNAの塩基配列を短時間に解析することを可能にした。これらの機器は、研究だけでなく創薬や臨床の現場でも導入が進んでいる。日本の研究機関や企業も早くから技術開発に取り組み、その原理や基本技術の発明に成功していた。

しかし日本はそれをグローバルな産業に成長させることができず、機器を利用する先端研究も遅れた。クライオ電子顕微鏡の場合、技術・ソフト・周辺機器をシステムとして一体化し、製品化したことが普及拡大の要因の一つである。この製品化の背景には、基礎研究を担うドイツのマックス・プランク研究所が、企業と連携して応用化に取り組む研究開発システムがあった。

日本には、機器開発の起点となりうる基礎研究や新技術の芽を生む力がある。課題は、新たな研究の方向性をいち早く同定し、それを実現する技術や機器として具現化するまでに、この力を高めることである。新たな研究の方向を見据える研究者とともに、産学が連携して相互にフィードバックを得ながら成長するような研究機器開発エコシステムが求められる。開発機器を利用した研究成果を創出するとともに、機器産業が成立し、その利益が次の開発へと循環するようなエコシステムの構築が必要である。

3組織の連携
エコシステムの軸となるのは①技術開発の拠点となる大学・研究機関②機器メーカー③共用拠点としての大学・研究機関―の3者である。これまで産学連携による機器開発は、大学・研究機関と機器メーカーとで行われてきた。これにより、高度な機器が多数開発されたが、世界展開が難しい。課題の一つは試作機の開発後、製品化仕様の決定段階にある。そこで試作機の利用場所として「共用拠点」という第3の組織の活用を提案したい(図)。

共用拠点には研究機器へのニーズを持つユーザーと、それに応える技術アイデアを持った研究者や、機器の扱いに長けた技術者が集結する。ここに最先端機の試作機を設置することで、アーリーユーザーからのフィードバックを得ながら、性能の安定化や利用シーンを探索できる。多くの先行データが得られることで、機器メーカーの開発投資の決定材料ともなる。

最先端の研究機器を開発し、その利用による革新的な成果の創出が認知され始めたとき、世界の研究現場へ普及する兆しが見えてくる。研究機器の長期的な開発と利用のエコシステムを形成することが、日本の研究力向上につながるはずだ。

※本記事は 日刊工業新聞2021年7月9日号に掲載されたものです。

魚住 まどか CRDSフェロー(企画運営室)

京都工芸繊維大学大学院バイオベースマテリアル学専攻修了。自然科学研究機構分子科学研究所、物質・材料研究機構を経て2019年より現職。分野横断的な検討が必要なテーマの調査に携わる。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(107)研究機器開発のエコシステム形成(外部リンク)