2021年6月11日

第103回「脳型AIアクセラレーター 高度情報処理に挑戦」

構造・機能 模倣
近年、顔認証・音声認識・翻訳などに深層学習/機械学習による人工知能(AI)技術が使われるようになっており、今後はクラウドサーバー上だけでなく、自動運転や介護ロボットなど実生活で即座の対応が要求される場面での利用も期待されている。これらの用途には、その場での効率的な学習や直感的認識・予測・判断といった人間に近い高度な情報処理を低消費電力で実行することが要求される。

人間の脳の単純な情報処理モデルである深層学習は、今後の高度な情報処理要求に対して限界も見えつつある。これを克服するためには、実際に高度な情報処理を行っている人間の脳にさらに学ぶことが一つの確実な方法である。人間の脳の構造や機能を模倣し、あるいはそこから新たな情報処理のヒントを得ることで、高度な脳型のAI処理モデルを構築し、AI処理に特化したハードウエア(アクセラレーター)を開発することが重要になる。

2つの流れ融合
脳の機能の解明、その機能を模倣するデバイス・材料の研究開発にはそれぞれに時間がかかるため、脳科学にヒントを得て数理モデル/アルゴリズムを作り、それに最適なデバイス・材料を開発する流れ(図=矢印①)だけでは早期の脳型AIアクセラレーターの実現は難しい。そのため、脳の細胞レベル・神経レベルなど低次構造の機能に類似する特性を持つデバイス・材料に注目し、そこから新たな回路・アーキテクチャー、アルゴリズムの創出を行っていく流れ(同=矢印②)も必要で、この二つの流れの融合が重要になる。短期的には低次機能を模したニューロモルフィックコンピューティングやリザーバーコンピューティングなどでAI処理における学習の高効率化の要求に応え、長期的には高次機能を模した新たなモデルにより直感的認識やその場での判断などの高度な要求に応えていくことが期待される。

本研究開発を進めるには、魅力的な応用領域(例えば知的ロボット)を決めて、脳科学、数学・数理科学、情報科学、ナノテクノロジー・材料技術などの異分野の研究者の日々の議論、産学官連携と海外連携によるチップ作製や応用領域探索のエコシステムの構築などが重要になる。企業の研究者・技術者も知的なロボットが身近にいる未来を想像し、アカデミアとともに脳型AIアクセラレーターの実現に挑戦してみてはどうだろうか。

※本記事は 日刊工業新聞2021年6月11日号に掲載されたものです。

馬場 寿夫 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)

電気通信大学大学院電気通信学研究科応用電子工学専攻修士課程修了。NEC中央研究所、内閣府総合科学技術会議事務局(ナノテクノロジー・材料/ものづくり技術担当)を経て、2012年より現職。工学博士。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(103)脳型AIアクセラレーター、高度情報処理に挑戦(外部リンク)