2021年2月5日

第87回「研究コミュニケーション 人の創造性発揮」

研究変革=RX
筆者が好きな、フランスの生化学者ルイ・パスツールの言葉がある。意訳すると「機会は、準備された心を好んで訪れる」だろうか。日頃の深い洞察と備えがあってこそ、単なる偶然を幸運な機会に変えることができる。新型コロナウイルス感染症の広がりは脅威だが、これを真に必要な変革を成す絶好の機会と捉える企業や業界もあるだろう。

大学などの研究開発現場でも、コロナ禍での工夫と努力が多くの先導的事例を生み、新時代の研究開発の在り方を示唆している。もちろん、分野や地域により状況は異なる。それでも研究開発活動を全体最適化していく潮流こそ、今まさにわが国に必要である。

私たちは調査を基に、研究開発システムを構造転換する「研究変革=リサーチトランスフォーメーション(RX)」という方向性を提示し、現場でRXを体現する方々にエールを送っている。

断絶を克服
研究開発における人と人とのコミュニケーションの在り方も変わりつつある。オンライン化が急速に進み、遠隔での打ち合わせや研究指導、学会のバーチャル開催が、研究者を時間的・資金的な制約から解放した面がある。一部のバーチャル学会はポスターセッションの工夫や仮想空間の利用により、オンラインでは難しいとされる偶然の出会いの要素をも取り込もうとしている。

RXはまた、人と機械との“コミュニケーション”の再考も促す。実験操作をロボットや機械に任せ、人が創造性の発揮に注力できる環境をデザインする。2020年10月に開催された研究の自動化に関する学会「LADEC」での話題は、そんな人と機械との次世代共創空間を見据えた議論につながる。研究者と開発者、ユーザー、ビジネス関係者らが一丸となれる課題も多いだろう。

一方で私たちは、RXの実現後も、オフライン・リアルの研究コミュニケーションが併存すると見る。それはなぜか。例えばデジタル格差の問題がある。デジタルネイティブが牽引する未来でも、「誰も取り残されない」包摂性を確保し、研究開発環境として全体のベースを向上することが欠かせないからである。

分野や業種、地域、世代の間に生じ得る断絶を克服し、多様な主体による創造性の発揮を支える強靱な構造を築くこと。これが次なる脅威への備えとなり、新たな幸運な機会を呼び込む礎になると期待したい。

※本記事は 日刊工業新聞2021年2月5日号に掲載されたものです。

梅原 千慶 CRDS主査(企画運営室)

日米で生物物理学・ナノバイオテクノロジー分野の基礎研究に従事。JST入職後、ライフサイエンス研究の推進や日本医療研究開発機構(AMED)設立に伴う事業企画などの業務を経て、19年より現職。博士(学術、東京大学)、MBA(カナダ・マギル大学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(87)研究コミュニケーション、人の創造性発揮(外部リンク)