2021年1月8日

第83回「学問の自由、新たな"知"創造」

感染症研究
コロナ禍を踏まえた今後の研究推進体制について議論する中で、「学問の自由と規制」の課題も改めて考えることになった(ここでの学問とは基礎・応用研究を含む)。例えば感染症研究では、ヒト検体や個人の行動履歴の利用と個人情報(人権)保護との関係が問題となる。

ハンブルク大学のトルーテ教授によると、単に学問をする自由だけではなく、市民が学問の成果を思想、信条、行動の判断資料として享受する権利も同時に認められて初めて、その成果が市民生活に反映されるという本来の学問のあり方が保障される、とされている(表)。

では、学問の自由はなぜ重要なのだろうか。自然科学、人文・社会科学を問わず、学問の根幹は新たな知を生み出すことにある。過去の歴史をさかのぼってもその知が科学技術、ひいては文化を推進してきたことは明らかである。

しかしながら、生み出された知がいかに社会に受け入れられるかは、多くの検証・反証によってその普遍的価値が問われることになるし、その知がどう生かされるか、は学界を含めた社会のふるいにかけられることになる。

長期視点で臨む
学問の成果は単に“そのときの有用性”で推し量ることはできない。今回のCOVID-19においてはやや地味とも言える感染症疫学研究やリスクマネジメント研究などの重要性が浮き彫りになった。新たな知を生み出すには学問の自由を幅広く捉え、長期的な視点で臨むことが重要であり、現在では“一見役に立たない研究”が、将来の有用性につながる可能性を秘めているのが学問の特性とも言える。

最近の典型的な例を挙げれば、近年脚光を浴びているCRISPR/Cas9系であろう。この研究は極めて地道なバクテリアの研究によって生まれた「知」が生かされることによって生命科学・医学に革命的ともいえる展開をもたらした。ただし、この技術には(科学技術に付きものとも言える)規制が必要な側面があり、そこでも今後、学横断的な知の創出、それに基づいた社会の理解・支援が求められている。

このように考えると、科学技術の進歩と社会貢献ひいては文化の向上の根底にあるのが学問の自由であり、それ故に人類社会における新たな価値体系の構築を保証するための必然的基盤と言えるのではないだろうか。学問の成果の受益者は現在および将来世代の国民ひいては全人類であることを肝に銘じたい。

※本記事は 日刊工業新聞2021年1月8日号に掲載されたものです。

谷口 維紹 CRDS上席フェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

スイス・チューリヒ大学大学院博士課程修了。がん研究会がん研究所部長、大阪大学、東京大学教授等を歴任。東京大学名誉教授。米国科学アカデミー、米国医学アカデミー外国人会員。専門は分子免疫学。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(83)学問の自由、新たな“知”創造(外部リンク)