2020年5月15日

第52回「AI、研究競争力生む」

問題解決を支援
ビッグデータ(大量データ)・人工知能(AI)技術は、産業構造や社会システムに変革をもたらしつつあるだけでなく、科学・研究の進め方をも変えつつある。

このような変革が起きている背景には共通して、ビッグデータ・AI技術を用いた問題解決プロセスの発展がある。我々は解くべき問題に対して、関連データを収集・蓄積し、そのデータを分析することで状況把握・原因分析・将来予測などを行い、問題の解決策を決めてアクションを実行する。

ビッグデータ・AI技術の活用によって、このプロセスは三つの方向に発展した。すなわち、図に示したように①より深い分析自動化へ②一気通貫の自動化へ③サイバー世界から実世界へ拡張―という3方向である。これによってさまざまな問題に対して、精緻でリアルタイムの状況把握・予測、膨大な選択肢の網羅的な検証、大規模で複雑なタスク(仕事)の自動実行などが可能になりつつある。

その結果、産業構造・社会システムの面では、参入障壁が低下し、従来の業界の枠にとらわれない新しいビジネスが生まれたり(例えばライドシェア)、個別最適化から全体最適化へとシステムが再編されたり(例えば省電力・需要充足・保守費用の同時最適化)といった変革が生まれている。

人の限界超える
科学・研究においてもビッグデータ・AI技術の活用が広がっている。例えば、創薬やマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の分野では、新しい薬や物性をもたらすかもしれない膨大な条件の組み合わせの中から有望な条件を見つけ出すため、また、素粒子実験の分野では、膨大な観測データ中から注目現象を選別するため、ビッグデータ・AI技術が活用されている。膨大な可能性からの高速・効率的な絞り込みに、コンピューターが大きな威力を発揮することはよく知られている。

AI技術の威力はそれだけではない。人間の思考には限界やバイアスがある。これが科学的発見の可能性を狭めているという指摘がある。例えば、人間にとって3次元世界の法則は発見・理解できるが、数万次元の世界で規則性を発見することはAI(例えば深層学習)の力を借りないと難しい。人間のひらめきだけでなく、人間の思考の限界やバイアスを超えるAI技術が、科学・研究の競争力を支える時代は近い。

※本記事は 日刊工業新聞2020年5月15日号に掲載されたものです。

福島 俊一 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)

東京大学理学部物理学科卒、NECで自然言語処理・情報検索の研究開発に従事後、2016年から現職。工学博士。11-13年東京大学大学院情報理工学研究科客員教授、18年から人工知能学会監事。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(52)AI、研究競争力生む(外部リンク)