2019年10月18日

第27回「独、新産業創出にもがく」

新機構の設置
ドイツは日本と並ぶ工業国として知られ、自動車、化学、機械といったセクターで高付加価値かつ高品質の製品を生み出し続けている。「メイド・イン・ジャーマニー」のブランドを支えているのは、高い研究開発力と、それを実現する高度に訓練された専門人材である。

しかしドイツでは近年、新しい産業を生み出せていないことが課題だと言われている。世界トップクラスの基礎研究力を誇り、数多くのノーベル賞受賞者を輩出しながら、である。とりわけ21世紀に入り急激なデジタル化時代を迎えた今日、米国のように破壊的イノベーションをなぜ創出できないのか、どうすれば次世代のもうかる産業を生み出せるか、20世紀前半に産業構造の基礎を確立したとされるドイツは模索している。

2018年、ドイツ連邦政府は「飛躍的イノベーション機構」という名の助成機関設置を閣議決定した。米国の国防高等研究計画局(DARPA)をモデルにプロジェクトマネージャーに大きな権限を与え、失敗を許容し、自由な研究開発推進を認めるという、ドイツとしては挑戦的な試みである。10年間で10億ユーロ(1200億円)規模の助成を計画する同機構の初代トップには、今年7月、起業家でソフトウエアベンチャー代表のドイツ人ラグーナ・デ・ラ・ヴェラ氏(55)が就任した。

一石投じるか
ドイツは決して起業が盛んな国ではない。これには教育制度や社会的通念などの文化的背景や、技術信仰が厚く堅牢で故障のないモノづくりを目指すという産業における基本的な姿勢が大きく影響している。

これまでは技術革新があれば、まず標準や規格などのルールを決めて、公正な競争を経て漸次的イノベーションを生み出してきた。すなわちドイツの研究開発環境は、破壊的なイノベーション創出に適合しているとは言い難く、ドイツ国内でもこの新機構の成功に懐疑的な声も多い。

一方で、従来のシステムを打破して新しいイノベーションエコシステム構築に一石を投じるのでは、という期待もある。

「飛躍的イノベーション」の語には、大きなイノベーションを生み出して、新しくダイナミックな市場を創出したり、既存の市場を変革することで、短期間に大きなコスト削減と利益をもたらそうとする意思が込められている。年内に詳細が判明するだろう新機構に引き続き注目したい。

※本記事は 日刊工業新聞2019年10月18日号に掲載されたものです。

<執筆者>
澤田 朋子 CRDSフェロー/ユニットリーダー(海外動向ユニット)

00年ミュンヘン大学政治学部大学院修了(国際政治学専攻)。帰国後はIT系ベンチャー企業でウェブマーケティング事業の立ち上げに参加。13年より現職。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(27)独、新産業創出にもがく(外部リンク)