「中間人材」の可能性と制度的支援
子ども政策における実践から考える

千先 園子
国立成育医療研究センター
成育こどもシンクタンク 副室長/小児内科系専門診療部 医員

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 国立成育医療研究センターの千先園子氏(成育こどもシンクタンク副室長/小児内科系専門診療部医員)は、診療現場から政策立案へと活動領域を広げ、子どもを取り巻く課題に多面的に取り組んできた。臨床・研究・行政を横断する実践を通じて見出したのは、研究者と行政官をつなぐ「中間人材」の重要性である。千先医師が進めるプロジェクトを通じて明らかになった中間人材の可能性と、その支援体制の構築に向けた展望についてお話を伺った。

診察室から政策へ――すべては子どもの笑顔のために

 千先医師が母子保健の世界に足を踏み入れたきっかけは、学生時代のバックパック旅行だった。千葉大学在学中、国際医学生連盟の活動等で約30か国を訪れるなかで、どの国でも子どもたちの存在に心を動かされたという。「子どもたちが笑っているととてもうれしく、子どもこそ未来だなと感じました。自分のライフワークを子どもにしようと決意したところがキャリアの始まりです」と語るように、その体験が小児科医を志す原点となった。
 卒業後は日本における小児医療の中心的な機関である成育医療研究センターへの道を選び、憧れの環境で小児科医のキャリアを本格的に開始したが、診療現場で突き当たったのは、医師が病院で待っているだけでは救えない子どもたちの存在だった。日本の小児医療は進んでおり、がんなど身体的な重篤疾患の治療は高い水準にある一方で、発達障害や心身症、貧困や虐待といった心理・社会的な問題を抱える子どもたちには、十分な支援が届いていないと感じた。
 そうした現実を象徴する例として、救急外来に骨折で来た3歳男児のケースを挙げる。「よく話を聞いてみると、骨折という事象の裏に、お母様がシングルマザーで、お子さんは診断されていないけれども発達障害で、育てにくさや様々なご苦労があるということが判明したのです」と語る。診断も支援も受けられないまま、孤立した母親が追い詰められて手をあげてしまった。「追い詰められ、ものすごく苦しい状態になってから病院に来る前に、私たちにできたことがあったのではないかと思う場面が多くありました」。そうした思いが、臨床だけではなく、社会的な構造そのものに働きかける必要性を強く意識させた。

 より上流の構造に関わるため、千先医師が次に選んだのは公衆衛生の学問としてのアプローチだった。シンガポール国立大学大学院の疫学のチームに所属し、ウェアラブルディバイスを開発し、現地政府と連携して、小学校での運動介入プログラムの実証に関わるなど、実践的な研究にも携わった。
 同時に、成育医療研究センターの同期入職者が立ち上げた小児医療に関するオンライン相談サービスを提供するスタートアップの起業に参画した。「研究を通じてデータを出すだけではなくて、社会実装も重要だと思っています。実装もしながら、どのような効果があったのかを科学的にエビデンスとしてまとめることを、できるだけ迅速にできないか挑戦していました」と語る。オンライン診療を新型コロナウイルス感染症の流行前に始めたことは、先見の明があったともいえる。

 さらに、2019年の「成育基本法」の成立が千先医師にとって大きな転機となった。これは医療だけでなく、保健・教育・福祉の分野が連携して、子どもが成長するまで切れ目ない総合的なケアを推進する理念法である。「身体・心理・社会的側面を含むケアにシフトする大きなパラダイムシフトが起きる瞬間だと感動しました」。
 これを受けて、帰国した千先医師は厚生労働省に医系技官として入省した。
 医系技官:厚生労働省が採用する、医師免許・歯科医師免許を持ち、専門知識を活かしてより多くの人々の健康を守るための仕組みを築く技術系行政官。
 シンガポールでの経験やスタートアップの事業から「行政の力の大きさ」を実感していた。「シンガポールは規模の小さい国であることもあり、社会実装がトップダウンで、かつ産官学連携しエビデンスに基づいて行われやすい環境がありました。行政官には博士号所有者や研究者も多く、人材が循環しているように見えました。民間人の登用も進んでいました」。スタートアップの相談サービスでは、自治体行政と連携することで、多くのこどもたちに届き、すべてのこどもたちのためのインフラに繋がっていく感覚をえた。「公的な役割を担うスタートアップの可能性、「社会の変えた方」が変わってきたと感じました」それらを目の当たりにし、日本でも行政を通じた社会実装に取り組む決意を固めた。

行政官と研究者をつなぐ「中間人材」の可能性

 医系技官になり、行政の現場に身を置くことではじめてわかったことも多かった。たとえば、学術的に優れた論文を発表すれば、自動的に政策に反映されるようなイメージを持っていたが、実際には複雑で長い政策プロセスがあることがわかった。行政官は多様なステークホルダーとの調整や合意形成に時間と労力を要し、多忙を極めている実態がある。しかし、「実際の政策形成プロセスにおいてエビデンスが使われる過程の全体像は研究者には十分理解されておらず、政策側が必要とするエビデンスや現実的な政策現場の状況を考慮せずに研究者が提示したエビデンスが使われるのは、限られた局面にとどまる印象がありました。」
 この行政官と研究者のギャップは双方の行き違いにつながる。「そもそもエビデンスの捉え方が異なること、政策過程が見える化しておらず、共有されていないことがあり、さまざまなすれ違いが起きていました。研究者は行政官のリテラシー不足を疑ったり、「政策プロセスがブラックボックス化している」と批判したり、行政官は研究者を社会的な貢献よりアカデミアのキャリアや研究上の関心を優先していると疑うような場面すらありました。行政官と研究者はともに、志も能力も高く、かつ全力で取り組んでいる方々です。同じような高い目標を持っているのに、“ちょっと違う夢”を見ている。そのギャップが課題だと思いました」

 こうした行き違いを解消する存在として期待されるのが「中間人材(橋渡し人材)」である。科学的知見をベースとした政策形成(EBPM:Evidence-Based Policy Making)の実現において、中間人材は単なるサポート役ではなく、むしろ接合点として機能する不可欠な存在である。政策と研究のあいだにある構造的・文化的なギャップを埋め、実装へと橋渡しを行う存在として、中間人材の可能性と課題に改めて注目が集まっている。
 千先医師は中間人材をバウンダリースパナー、すなわち異なる領域を橋渡しする人材として位置づける。政策過程の全プロセスにおいて調整が必要な場所全てに入っていくような幅広いイメージで定義する。
 特に注目したのは、厚労省などに人事交流で派遣された医系技官たちである。彼らは現場経験と専門知を併せ持ち、制度の内外を知る立場から、橋渡しを担う可能性がある。「現場に近く、フレッシュな課題意識を持っているT型人材(特定分野に深い専門性を持ちながら、他分野にも幅広い知見を備えた人材)のような人たちなので、ギャップを埋める大きな可能性を持っていると感じていますが、、」一方で、派遣期間終了後に行政での経験が十分に活用されない実態も確認されている。経験を生かし、有機的に「回転ドア(行政と現場を人材が行き来して連携を深めていくこと)」を機能させ続けるには、制度的な支援が必要とされている。
 千先医師の研究では、研究者・行政官・中間人材へのインタビューを通じて、EBPMを阻害する要因が大きく5分類、小分類では25項目抽出されている。とりわけ深刻なのが「エビデンスの定義の不一致」である。行政官は「説明責任の根拠」としてエビデンスを捉える一方、研究者は「科学的な確からしさ」として理解しており、相互にズレが生じている。また、「両者をつなぐ場が存在しない」という点も、ギャップが解消されない要因である。
 そのため、千先医師は「公でなく本音を話し合える場(緩衝地帯)」や「専門家プラットフォームによる接続の仕組み」など、形式にとらわれない連携の場づくりが求められると指摘する。中間人材は、こうした連携の不足を補完し、エビデンスの翻訳・伝達・調整を担う「ナレッジブローカー」としても機能することが期待される存在である。そうした人材の育成や支援には、どのような能力・資質が求められるかを再整理し、制度的に位置づけていく必要がある。

図:インタビューによる質的研究で抽出された5つの大カテゴリ

※行政やアカデミアそれぞれの環境以外に、「中間人材」、「組織間連携」、「政策手法」といった中間人材や中間組織に期待される「間をつなぐ中間的機能」に多くのコメントが集中した(論文1)

 「政策のための科学」での本プロジェクト自体が多様な立場の人々が交わる場として機能した。「私たちにとって、本プロジェクトは新しい越境体験でした。私たちが考えているような、医療の枠を越えた支援が必要であるといった課題を科学的に証明するには、医学だけにとどまらず、領域を広げる必要があると思っていたので、とてもいい挑戦になりました」行政官・中間人材・研究者の異なるバックグラウンドをもつメンバーでチームを組み、とことん議論しながらプロジェクトを遂行したことは、各々にとって大きな学びになったに違いない。
 プロジェクト終了後には、得られた知見を論文にし、ステークホルダーへの情報発信を進めることが短期的な課題となる。さらに、中間人材や中間組織というものの役割を体系的に可視化し、成育こどもシンクタンクの実装戦略へと展開していく方針である。

中間人材の支援体制をつくる

 中間人材の活躍を促すために求められるのは、制度改革だけでなく、現場に即した支援とネットワークの整備である。「中間人材の明るいキャリアパスを提示したいです。属人的というよりは、組織的に人材を再生産できるような要素を見いだして、それを支援パッケージとして作り上げることに取り組みたい」。
 ただし、千先医師は画一的な“はしご型キャリア”の提示には慎重である。むしろキャリアの流動性や越境性を前提とし、画一的ではないキャリアを自ら築く力が重要だとみている。制度内に閉じるのではなく、自律的な越境と実践を通じてEBPMを担うことが、中間人材の目指す姿につながる。

 千先医師らが取り組む中間人材支援は、基礎知識のインプット資料や現場で孤立しないためのサポートのあり方、中間人材としてのキャリア・ディベロップメントのあり方などから構成される。これらをパッケージとして提示することを通じて、中間人材が現在の配属先の機関で孤立することなく、現在、そして未来に向けた自らの役割を理解しながら活動できる環境の整備を目指す。「スタート地点として、まずは、政策形成のサイクル全体が見えること、そもそものギャップが何なのかを意識できること、中間人材として期待されている役割が何かがわかることが大事と考えています」
 支援パッケージは、一人の卓越した中間人材の養成を目指すものではなく、個人の経験を他の人材にも共有可能な知識資源として体系化していくことを目的としている。「中間人材としての能力が際立って高い人を要素に分解して見てみると、実はネットワークがある人だったとか、先輩のキャリアパスをよく見ていたということがわかってきます。それをインタビューなどで聞き出し、属人的な要素ばかりではなく、他の人にも理解したり模倣が可能なスキルやナレッジへと分解していくことで、多くの中間人材の支援につなげられたらと考えています」。
 加えて、検討会の役割や予算編成、行政文書の扱いなど、研究者や医療従事者などが政策現場で戸惑いやすいポイントに的を絞ったナレッジの整理も進められている。具体的には、厚労省など関係機関と協働しながら研修などのかたちで展開していくことを視野に入れている。さらに、派遣元の組織でも好事例の共有による支援が期待されており、有効なサポート体制を模索する視点から、横展開が可能な素材づくりも進行中である。

 中間人材支援は単発のプロジェクトで終わるものではなく、長期的なプラットフォームの形成が鍵を握る。千先医師は、成育医療研究センターに2022年に設立された「成育こどもシンクタンク」を軸とした緩やかなコミュニティづくりを目指している。このシンクタンクをベースに、オンラインとオフラインを活用して、実際に中間人材としての経験を持つ人たちが情報交換したり、定期的に交流し、継続的な支援の場として活用する。
 さらに広がりを持った展望もある。例えばURA協議会のような中間人材のネットワークや実践者主体の組織を参考にした、政策領域に特化した新たな協働体の形成も今後取り組むべき課題と考えている。多様な背景を持つ人材が集い、互いに知見をアップデートし合うことで、スキルとナレッジの進化を促進し、EBPM全体の質向上につながる仕組みの形成が期待される。

 子ども政策をはじめとした複雑な政策領域において、中間人材が果たすべき役割は今後ますます拡大するだろう。そのためには、知見の蓄積と共有、コミュニティ形成、制度的な支援が有機的に結びついた、持続的な支援の仕組みが必要である。今回のプロジェクトは、その端緒を切り拓く実践であった。


(取材・文 黒河昭雄、小熊みどり、編集・森田由子)
2025年6月18日インタビュー

参考文献一覧

論文

  1. Arimura Y, Yanagawa Y, Kiuchi S, Matsuyama H, Uehata H, Suto M, Tomori H, Takehara K, Sensaki S. Identifying factors for promoting evidence-based policymaking in Japan with the perspective of policymakers, researchers and knowledge brokers: a semistructured interview. Health Res Policy Syst. 2025 Apr 10;23(1):48. doi:10.1186/s12961-025-01320-0.

RISTEX 公式情報

  1. プロジェクト情報
    「政策形成過程における科学的知見の活用最大化のための中間人材の可能性について ―成育医療・母子保健領域を事例とした分析と実証―」
  2. プロジェクト報告書

研究代表者のプロフィール

千先 園子

国立成育医療研究センター 成育こどもシンクタンク 副室長/小児内科系専門診療部 医員