【座談会リポート】
新型コロナ対策を振り返る:
専門家の視点から考える課題(2)
人文・社会科学の貢献可能性


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 対談の第2弾が2024年9月24日に行われた。登壇者は前回に引き続き大竹文雄氏と山縣然太朗氏に加え、行政学・公共政策が専門の森田朗氏(RISTEX前センター長、科学技術イノベーション政策のための科学 前プログラム総括)である。
 今回は「人文・社会科学の貢献可能性」をテーマに、人文・社会科学の視点から、コロナ禍における政策形成や、専門知の限界と総合的な知の活用について議論された。学問が細分化される中、危機に対応するためには、幅広い視野を持った人材が必要とされることがあらためて議論された。

行動計画は存在していたが…

 まず、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議に参加した大竹氏が、「行動計画」の活用が不十分だったことを振り返った。
 「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」2013年に策定された、政府の感染症対応計画。2024年7月、新型コロナウイルスの経験を踏まえ、平時の備えを充実させるものに抜本的に改定された。

 2020年3月に大竹氏が初めて参加した専門家会議では、小中高校の休校についての議論が行われた。このとき大竹氏は「緊急事態において、急にすべてのことを考えるのは無理だと痛感した」という。休校の条件を議論するのが困難なだけでなく、小中高までは議論したが、大学の講義についてはオンライン講義も含めて全く議論しなかったからだ。感染症における行動計画はコロナ禍以前から存在していたが、会議ではそれに基づいた議論がされなかった。「行動計画に沿って議論を進めていれば、より整理された方針が出せたのではないか」と語った。

大竹文雄氏

 森田氏も「時間が限られていて様々な意見が出てくるという状況下では、情報を処理しきれない。全てのことをその時に決めるのは無理なので、行動計画などをあらかじめ決めておくことは重要だ」と同意し、「感染症予防法に基づき、感染者や感染リスクの高い人を隔離する厳しい行動制限が必要になる場面があるが、それを判断するタイミングや基準、制限を解除する時期も含めて議論すべきだ」と提案した。「非常に残念なことだが、こうした危機の際には犠牲になる人が出てくるのは、どうしても避けられない。その時に、国や行政のマクロな目的は、できるだけ犠牲になる人を少なくすることだ。社会全体として、助からない人がどのように出てくるか、そこまで考えて行動計画を作る必要がある」(森田氏)

森田朗氏

 医療の視点から山縣氏は、今回のコロナ禍では、行動制限を考える際に、当初、特定のモデルだけに頼りすぎたなどの問題はあるにせよ、数理モデルが活用されたのはよかったと評価した。
 また、無症状の人にもPCR検査が行われ、まだ体内にウイルスがいる段階でしかない“無症状の感染者”をとらえることができた(※)という点で、新型コロナは従来の感染症患者のの定義とは異なり、「医療現場における感染症についての考え方が変わった」と述べた。
 ※PCR検査では、適切に採取されたサンプルであれば、ウイルスの検出精度(感度と特異度)は90%を超える。しかしそれはサンプルを取るタイミングや方法などの影響をうけ、体内にウイルスが入ってきた直後で量が少ないと反応しないため、超初期の1〜2割の人が検査をすり抜ける。結果的に陽性率は7〜8割になる。こうした検出技術の特性や限界を踏まえず、感染者の見逃しを恐れるあまり大規模(感染している人が少ない集団)に検査を行えば多数の偽陽性者が発生(陽性的中率が低下)し、その対策のために他の疾患に充てられていた医療資源が奪われる可能性がある。

山縣然太朗氏

 行動計画に基づく議論の重要性や、状況に応じた柔軟な運用が必要であることがあらためて浮き彫りとなった。

分野を横断する専門家が必要

 続いて、「専門家が提案する内容が、法制度や他の専門家の意見と衝突する場合には、どのように議論を進めるべきか」という論点が取り上げられた。

 森田氏は「専門家は各々の専門分野の知見に基づいて最良と考える提案を行うが、他の分野の考え方と衝突することもある。そこで二刀流・三刀流の人材、つまり複数の専門性を持つ人や、そこまでは難しくとも複数の学問分野の基本的な考え方を理解できる人が必要だ。それと同時に様々な専門性を持った人材をマネジメントできる人材が重要」と述べた。

 山縣氏も「医療現場でも、複数の診療科を横断的に考えられる総合診療医が必要とされている。同時に、異なる分野の専門家たちをまとめて議論をコーディネートできる、コミュニケーション能力と複数の分野の知識をもったマネジメント人材が必要だ」と同意した。

審議会型の政策形成の課題

 コロナ禍においては、日本では従来と同様に、審議会型の政策形成(各省に設置された審議会を通じて政策の原案の提示や専門家による助言、合意形成等が行われる形式)を通じて意思決定がなされていた。委員会には多くの専門家が参加したが、全ての分野を網羅できたわけではなく、意思決定における視点の偏りが生じる可能性があった。

 これについて、大竹氏は専門家会議や分科会に参加した経験をもとに、特に法学や行政学の視点の欠如を感じたことを語った。「分科会では法学者が追加されるなど、欠けていた視点を補う試みがあったものの、人文・社会科学系の研究者がリアルタイムで研究に参加することが少なく、政策形成に資する研究が十分に行われなかった」(大竹氏)
 また、「医療現場が大変だという情報しかなく、新型コロナは危機的な病気だから行動制限をすべきだという情報が溢れていた。得られる情報やエビデンスが偏っている中で、医療現場の実際を知らずに分析したことで、当時は行動規制に賛成する人文・社会科学系の研究者が多かった」と、情報の偏りが人文・社会科学系の研究者に及ぼした影響にも言及した。

 森田氏も「メンバーの多様性が不足する場合、視点が特定の分野に偏った議論が行われがちであり、それが政策形成に影響を及ぼすことが問題だ」と、審議会というシステムそのものに、メンバーの選び方によって議論の方向性が決まってしまう性質(会議の政治学)があることを指摘した。また、審議会が機能するためには、様々な意見をまとめるためのマネジメント能力が重要だと述べた。

 さらに大竹氏と山縣氏は、文系と理系でサポート体制に大きな差があることを示した。「理系の研究者は、研究チームがバックアップすることが多いが、文系の研究者はほとんどの場合、一人で議論に参加している。そのため、文系の研究者が政策提言を行うには、サポート体制が不足している」という現状を問題視した。

総合知への期待と課題

 ここまでの議論を踏まえ、最後に分野を越えた「総合知」への期待と課題が述べられた。

 「経済学の最近の傾向として、技術的なことが精緻に厳密にできているかどうかが、若い研究者たちの関心になっている」と大竹氏は指摘した。「そうしないとジャーナルに載りにくいため、若手研究者はその流行に従うことが多い。結果として、新しい視点や政策的に重要なテーマの軽視が懸念される。学会が意識的に総合知を重視することで、研究者が幅広い視点から重要な問題に取り組むことを推進すべきだ」と提言した。

 山縣氏も医学でも同様の傾向が見られると話したうえで、「医学研究でも、非常に細かい成果が求められる状況にあるが、メカニズムがわかるだけでは社会実装にはつながらない。実際に科学的な知識を社会実装するためには、複数の分野が連携し、総合的な視点で取り組むことが重要である」と述べた。

 森田氏は、純粋な学問だけでなく、実務的な知識や実践に基づいた研究も評価されるべきだと提言した。「日本では、実務に近い研究や政策形成のための総合知が十分に評価されていないので、その評価体制を見直す必要がある。また、大学や教育システムが総合知を育む仕組みを持っていない。教育の段階から、幅広い視点を持つ人材を育てる必要がある」と語った。

 今回の新型コロナでの政策形成では、人文学者や社会科学者の参加機会が不足していたという振り返りから、単一の専門知に依存するのではなく、複数の視点を取り入れた総合知が、複雑な社会問題への効果的な解決策を生み出す鍵となるという方針が見出された。そのためには、総合知を活かすための体制づくりや評価方法の見直しが必要であるという課題も明らかになった。感染症はもちろん災害なども含め、次の危機対応ではこうした議論を活かしていかなければならない。

第1回はこちら


(取材 小出直史、黒河昭雄、文・小熊みどり、編集・森田由子)

(編集後記)
 本記事は、JST-RISTEX「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」と日本学術振興会(JSPS)先導的人文学・社会科学研究推進事業 学術知共創プログラム 課題A「コロナ危機から視る政策形成過程における専門家のあり方」の共同企画として実施した座談会をもとに作成した。新型コロナ対策はさまざまな角度から考察・検討されているものの、各検討を同じテーブルに並べる試みは少ない。本企画は、そういった問題意識から両プログラムに共通する問題関心であるコロナ禍における科学的助言と政策形成のあり方について、プログラム横断的な対談を通してプログラム単体では得難い論点の探索や視座の共有を意図して企画されたものである。