【座談会リポート】
RISTEX 政策のための科学
「政策のための科学」のこれまでとこれから(後半)
―「未完のミッション」としての政策のための科学を振り返る ―


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(承前、前半はこちら

社会実装の成果と限界

 「政策のための科学」プログラムの後半にかけて、政策に実装される事例も増えた。本プログラムの目的に合致する成果はどの程度得られたのか。
 森田「社会実装まで至った事例はあるものの、成功や実装の定義と評価は容易ではありません。当初は新しい方法があれば自動的に政策に反映されると考えていましたが、現実はそう単純ではありませんでした。最終的に政策に反映させる決定的な方法は見つからなかったものの、53のプロジェクトを通じ、課題や重要点は明確になりました」

 西浦博氏の感染症予測モデルが厚生労働省に採用された事例もあるが、新型コロナウイルス感染症の流行下では、必ずしもスムーズには研究成果が政策決定に活用されなかった。
 森田「他者が同じ方法で再現できるとは限らず、政策のための科学はまだ確立していません。ただ、どこに課題があるかは見えてきたと感じます。実装や、政策のための科学の意味も改めて考える必要があります」

森田 朗 氏(前プログラム総括)

 山縣氏はプログラム総括を務めた立場から、エビデンスの定義が曖昧だったことを指摘する。
 山縣「分野ごとにエビデンスの扱い方は異なり、まずエビデンスの定義を共有しなければ議論が空中戦になります。EBPMのエビデンスと科学的エビデンスは質的に異なり、科学的エビデンスにも多様な質やレベルがあります。特に人を対象とした研究は時間的要素が強く、限られた情報で判断する必要があります。その特性を理解しないと、科学への信頼は損なわれます」
 この理解を広げ、政策に活かすには、行政官と研究者の間に立つ「中間人材」が不可欠だと強調した。
 山縣「中間人材は政策課題と科学の成果を橋渡しし、必要な情報を拾い上げ、政策に結びつける人材です。中間人材に必要な資質は、政策形成のプロセスと科学者の思考法を理解し、双方をマネジメントできることです。政策寄りなら現代や将来の課題に必要な科学技術を把握できること、アカデミア寄りなら幅広い科学知識を持ち、分野横断的に知を結合して新たな価値を生み出せることが求められます」

山縣 然太郎 氏(プログラム総括)

 小林氏もこれに応じ、ジリアン・テット著「サイロ・エフェクト」を引きながら、専門の壁や文理の壁を行き来できる人材、すなわち「知のブローカー」の必要性を強調した。
 小林「日本では政策のための科学が自然科学偏重になりやすいという傾向があります。確かに、人材育成では、文系出身者に理系的素養を与えるより、理系出身者に文系的視点を加えるほうが容易です。理工系の大学院の中に、理系で社会問題に関心を持つ人を受け入れて文系的訓練を行う駆け込み寺のような研究室を設ければ、両方に通じる人材を生みやすくなります」

 小林「梶川裕矢先生が提案した『ポリシーエビデンス』と『ポリシーリーズン』の区別は重要で、政策は勘や経験だけでなく、使える科学的知見を積極的に活用することは重要ですが、それでもやはり、エビデンスだけで政策は決まらない、さまざまな理由の下で政策が形成されているという点を的確に示しています」 ※ポリシーエビデンス:政策オプションと 政策効果との関係性に関する仮説の成立性が依拠する客観的事実やデータ ※ポリシーリーズン:政策オプションを選択する、または実施することの妥当性に関する説明

小林 傳司 氏(RISTEXセンター長)

 元来、研究活動から政策へのルートが自然には生まれにくい状況がある。研究者に政策関与を求める意義は何だろうか。
 森田 「政策のための科学は、行政が使える形でどう知見を作るかが前提です。実装という言葉には注意が必要で、政策への実装と、企業が収益化するための実装が混同されがちです。例えば医学やPHR(Personal Health Record、個人健康記録あるいは生涯型電子カルテ)の分野では、研究成果をお金もうけに使えるかどうかが重視されることが多い。しかし政策実装は公共性が高く、必ずしも金銭的利益と結びつきません。公的な機関でしかできないことも多く、そこには公的資金が必要です」

研究者は「政策起業家」になれるのか

 研究者にジョン・キングドンのいう「政策起業家」のような役割を期待できるのだろうか。これに森田氏は「鍵はインセンティブだ」と話した。
 森田「研究者には名声や論文評価、場合によっては収益化といった動機があります。しかし、社会を良くするために何をするかという観点のインセンティブは弱い。正義感だけで動く人もいますが、多くは強い探究心や特異な問題関心が行動の原動力です。それを政策起業家的な行動につなげるには、どんな報酬や満足感を与えられるかが重要です」

 小林氏は、政策起業家的な発想に親和性が高い工学分野に言及した。
 小林「工学は本来、政策起業家的な発想と親和性が高く、実際に起業する人も多い。なぜなら、工学は社会に有用な製品やサービスを提供することを目的とする学問だからです。『政策のための科学』は『正しい御用学者』を育てるプログラムであるべきです。御用学者は否定的に語られがちですが、社会に有用な政策を生み出す専門家は必要です」

 続いて、政策のための科学には「助言の翻訳力」が必要だと小林氏は指摘した。
 小林 「助言の仕方にもスタイルがあります。先頭に立って特定の見解を実現すべく、強く主張し運動するタイプ、選択肢を整理して助言するオネスト・ブローカー型などです。ただし現実には、政治や政策が求める助言は、文脈によって様々です。例えば、大臣と課長では必要な助言の粒度や文脈が違います。政策のための科学には、知識を文脈に合わせて翻訳する能力が不可欠です」
 森田氏も「助言が役立つかどうかは相手が判断する」と述べ、欧米にある科学技術アドバイザー制度の重要性を示した。

人材育成の課題

 政治・行政の相場観をもつ人材の育成が必要ではないか。山縣氏は「対象を見極め、モチベーションのある層に教育を集中すべきだ」と答えた。森田氏はフランスのENAを例に挙げた。
 森田「かつてのフランス国立行政学院ENAでは、学生たちが2年間のうち1年間、政策決定に関わる幹部に付いて行動し、意思決定過程を学びました。日本では機密保持の観点から難しいですが、経験を評価の一部に組み込む仕組みは重要です」

 行政側がうまく研究者側を向いてくれない場面もあった。
 山縣「行政側はどのようなエビデンスが必要なのか不明確なのではないでしょうか。厚労省には医系技官がいて、例えば法律の見直し時に必要な項目があれば、エビデンス不足を補うため研究班を立ち上げます。成果が必ず出るとは限りませんが、行政側がニーズを明確に示せればアカデミアは応えられます。
 重要なのは、誰に頼めばいいか分かる人が行政にいることです。医系分野では人材交流が盛んで、特に日本産科婦人科学会は、派遣者を戻した後も学会内で活用し、ロビー活動や政策提案を一本化して成果につなげています。人事交流を活かし、体制を整えるリーダーの存在が成否を分けます」 ※医系技官:医師免許・歯科医師免許を持ち、専門知識を活かしてより多くの人々の健康を守るための仕組みを築く技術系行政官。

 小林氏も「根本は人材交流」としつつ、日本の政治制度の制約を強調した。
 小林「政府の官僚の数が少なすぎることが構造的な課題となっています。政治主導の掛け声の下、官僚は多忙で思考する時間がなく、仕事が押し寄せる中でこなすだけになりがちです。結果として、案件はコンサルに委託せざるを得ないようになりつつある。官僚に時間を与え、自律的に考えるようになってもらいたいものです。」

 森田氏は、行政を取り巻く長期的変化に言及した。
 森田「高度成長期は、増えた資源をどう配分するかが政治と行政の役割で、役所は安定していました。しかしバブル崩壊後は資源が減り、政治家は有権者の不満に応えるため『ないものを出せ』という形になり、行政の役割は大きく変化しました。
 この『政策のための科学』プログラムについても、文科省内で明確な方針や評価基準が共有されず、担当者の異動も多いため、継続的な連携が困難でした。文科省やJSTが研究会に参加してプログラムを深く理解する機会も少なく、担当者は兼務が多くて十分な関与ができない。結果として、行政と一体で進める体制は十分に構築できなかったことが課題として残りました」

 築いた関係性が人事異動で途切れてしまうことに対して、山縣氏は「長期的に取り組み、発信することが大事だ」と自身の経験を語った。
 山縣「私は2001年から母子保健の国民運動計画『健やか親子21』に関わり、法的根拠の必要性を20年間訴え続け、偶然の追い風もあって3年前に法制化が実現しました。長く発信し続けることで、時代の流れが合致すれば大きな変化を起こせることもあります」

 続いて、山縣氏は「行政官が少なく、考える時間が足りないことも大きい。本来はそこを行政寄りの中間人材が担うべきだ」と述べた。科学技術政策における中間人材には誰がなり得るのだろうか。

 小林「私たちの拠点では『つなぐ人材』の育成を目指しました。卒業生はJSTやコンサル系に一定数進みました。こうした人材育成は他分野でも可能だと思います。SciREX事業では人材の進路調査も行っており、参考になります」
 ただし日本では博士課程に進むと専門に集中することになり、中間人材としての役割を果たしにくくなる点も課題だと言われる。

 森田「日本の博士は専門が極めて狭く、単に人数を増やしても意味が薄い。米国ではホテル経営学の博士のように、職能と研究スキルを兼ね備えた学位が多く、より実務的です。医学のように臨床・研究・行政が一体化している分野は人材が育ちやすい。医系技官が法律や制度設計を担えるのもそのためです。
 科学技術全般では、研究や研究者を俯瞰して議論できる行政人材は少ない。一方、JST職員は多くの研究者や成果を比較してきた経験があり、その見抜く力をプランニングやマネジメントにもっと活かせるはずです」

未完のミッションとして残された課題 橋渡し・ネットワーク・マネジメント

 最後に、「政策のための科学」プログラムで得られた知見を、今後どのように展開し、課題にどのように取り組むべきかを各々が述べて終了となった。

 山縣氏は橋渡し人材の立ち位置と体制整備を強調した。
 「橋渡し人材は、研究と行政のどちらかに軸足を置きつつ活動せざるを得ません。必要性や効果を示し、活躍できる体制を行政が整える必要があります。また、社会実装可能な研究は一部の成果ではなく、多機関・多分野の協働で信頼できる結果を出すことが重要です。そのためにはリサーチガバナンスを担える人材育成が欠かせません。環境省のエコチル調査では初期から精度管理とリスク管理・危機管理、成果発信の仕組みを構築しました。経験によって培われるガバナンス力は、JSTなどの研究支援機関の職員も担えるようになるべきだと思います」 ※エコチル調査:子どもの健康と環境に関する全国調査。2011年から環境省が行っている大規模出生コホート研究で、約10万組の親子を対象に、環境要因が子どもたちの成長・発達にどのような影響を与えるのか、胎児期から追跡調査している。

 小林氏はプログラムの資産をこう位置づけた。
 「15年間で築かれたネットワークを維持することが大切です。また博士人材には、研究だけでなく異分野理解や社会実装の感覚を身につける教育が必要です。行政で政策形成に関わる人材も増やすべきで、行政側も積極的に活用すべきだと思います」

 森田氏は日本に欠けている視点としてマネジメントを挙げた。
 「日本はマネジメントの発想が弱いと感じます。欧州では医療分野でも医師ではなくマネジメントの専門職が戦略立案を担います。日本の科学技術政策でも、こうした戦略を設計し実行できるマネジメント人材が不足しています。科学的知見を社会に実装するためには、その知見を活かす組織運営力と人材マネジメント力が不可欠です。合理化や効率化の手法を学び、実践できる人材を育てる必要があります。マネジメント教育はその基盤であり、大学や行政、研究機関の中で体系的に位置づけるべきだと考えます」


 政策のための科学には正解や完成型がない。小林氏が話したように「完成ではないけれど、終わってよいものでもない。むしろこれからどう発展させるかが問われている」。
 しかし、模索しながらも、5年で終わってもおかしくなかったプログラムを15年間継続することができた。即効的な政策実装の成功例は限られたが、科学と政策をつなぐ基盤を築き、課題を明らかにした。本プログラムがきっかけで、政府から意見を求められるようになった研究者もいる。本プログラムは日本に「政策のための科学」の土壌を生み出したといえよう。


(取材 黒河昭雄、文・小熊みどり、編集・森田由子)