【座談会リポート】
新型コロナ対策を振り返る:
専門家の視点から考える課題(1)
コロナ禍をめぐる専門家の貢献と責任


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 2024年9月17日、「コロナ禍をめぐる専門家の貢献と責任」をテーマに、3名による対談が行われた。登壇者は、行動経済学者で新型コロナウイルス感染症対策分科会などのメンバーの大竹文雄氏、医学・疫学・公衆衛生学が専門で厚生労働省の予防接種・ワクチン分科会 副反応検討部会の委員を務めた山縣然太朗氏(科学技術イノベーション政策のための科学 プログラム総括)、そして科学技術社会論を専門とする、RISTEXセンター長の小林傳司氏だ。

 本対談は、2024年3月に開催されたRISTEXオープンセミナー「感染症対策と経済活動に関する統合的分析」の最後に、小林氏が「今日のような議論を、もう少し時間をかけて、さまざまな人と行っていくような場を考えなければならない」と総評したことを受けたものだ。今回は、新型コロナウイルス対策の振り返りと、現状の課題について、各々の専門分野の観点から議論が行われた。

政策の検証が十分に行われていない

 新型コロナウイルスに対する日本の政策や対応が適切であったかが、十分に検証されていない点が強調された。検証は行われた政策の効果や問題点を客観的に評価し、今後の対策に活かすために行われるものである。しかし、これが十分には実施されていない現状が浮き彫りになった。

 まず、大竹氏が実際にこれまでに行われてきた検証事例について紹介した。「2020年10月に、新型コロナ対応民間臨時調査会が報告書を作成し、初期対応が検証された。ただし、第一波・第二波までの段階である。また、公衆衛生学会が2023年3月に記録を出したが、これは検証というよりは、各人が行ったことを解説するもので、第三者目線での検証にはなっていない」と指摘した。また、政府の検証委員会についても、「非常に短期間にヒアリングの結果をもとにしたものにすぎない。特に、ワクチン接種開始後や、オミクロン株に変わって特措法の対象でなくなるまでの過程については、本格的な検証がない」と現状を評した。

大竹文雄氏

 それを受けて山縣氏は「検証は必須であり、かつ検証の“目的”が重要だ。検証の目的は、限られた時間と情報の中で実施された対策の効果を確認し、次のアクションに活かすことだ。当時の状況や得られた情報をベースに、『あの時にこんな情報がもっと早く入っていたら、あの時にこんな体制があったら、こうした混乱は起きなかったのに』というような次につながる検証が行われるべきだ。確かに一部で検証は行われているが、本当にしなければいけない検証ができていない」と指摘した。また、実際の医療現場では「現場対応のマニュアル作りが主になっていて、組織や体制、科学者と政策との関係のように大きな話はなかなか議論できていない」と、余裕がない状況を示した。

山縣然太朗氏

 さらに、小林氏は英国の事例と比較し、日本では英国ほど包括的で体系的な検証が行われていないことを問題視した。英国では、1990年代に起こったBSE(牛海綿状脳症)問題を教訓とし、英国では最高裁判事経験者を長とする委員会で調査を行う体制が作られている。
 「日本では、英国のような組織的で包括的な検証が行われておらず、過去の教訓を十分に次に生かすことができていない。このような取り組みが日本でも必要であり、これをなんとかできないかと考えている。福島の原発事故の時は、国会の事故調査委員会が行われたが、これは非常に例外的な事例だ。当時、あれだけたくさん集められた資料も未だに公開されていない。そのようなところが日本の体質だと思う」と意見を述べた。

小林傳司氏

「エビデンスがあれば政策は一意に決まる」わけではない

 「エビデンスに基づく政策形成(Evidence-Based Policy Making, EBPM)」という言葉は、科学的な証拠やデータをもとに政策を決定するアプローチを指す。しかし、エビデンス(証拠)といっても一枚岩ではなく、コロナ禍では、感染状況や医療提供体制が刻々と変化し、同じデータであっても時期や立場によって解釈が異なることが多かった。

 山縣氏は「社会を変えるというのは、結局は人々の行動を変えることだ。ただし、科学的なエビデンスは1つしかなくても、人々の行動変容には個々の価値観や状況など様々な要素が絡む」と述べた。
 たとえば、がん検診を受けるかどうかの選択も人によって異なるのは、単にリスクの大きさを理解するだけでは人々が動かないからだ。喫煙者でも自分は大丈夫だと思って受けない人もいれば、非喫煙者で身近な人ががんになったので受ける人もいる。
 「人々に行動を変えてもらうためには、政策はエビデンスを提示するだけではなく、それぞれが腹落ちして行動を変えたくなるような仕組みやアクションを考えていかなければならない」と話し、こうした個々の価値観や状況に応じた情報提供が求められることを示した。

 また、「エビデンスがあるからといって、必ずしも政策が自動的に決まるわけではない」と大竹氏は指摘した。政策は人々のためにあり、人々には多様な価値観や立場がある。ある政策が、全ての観点で他の政策よりも優れているというエビデンスがあれば、エビデンスに基づいた政策をとることが望ましい。しかし、ある政策はAという観点では優れているが、Bという観点では別の政策の方が優れているというケースが多い。つまり、政策目標が複数あって、それぞれの目標を達成しようとするとトレードオフがある場合である。新型コロナ対策では、感染者を減らすという政策目標と社会・経済活動を維持するという政策目標があるので、どの政策が望ましいかは、エビデンスから自動的には決まらない。科学的知識があっても、それをどのように政策に反映させるかは別の問題であり、そこに政策担当者の判断が介在する。
 「科学的な知識があれば、自動的に政策が決まって、政府はそれに従えばいい、という考え方が専門家にも政策担当者にもあった。EBPMがそのように解釈されてしまった。そうではなく、より現実に即したエビデンスの利用というべき、エビデンスをインフォーム(情報提供)することで政策担当者が意思決定できるようにする“EIPM”(エビデンスに基づく政策形成Evidence-Based Policy Makingならぬ、エビデンスを踏まえた政策形成Evidence-Informed Policy Making)が実践できればよかった」と振り返った。

 そのため、単に定量的なデータを集めるだけではなく、政策を実施する現場の声やナラティブ(物語的要素。この状況に至るまでの過程など)といった定性的な情報も、エビデンスとして政策決定時に考慮すべきだという意見も出された。

専門家は今後どうあるべきか

 続いて、専門家同士や、専門家と政策決定者が連携して危機に対処するためには何が必要か、何が足りていないかという点についても議論が行われた。

 大竹氏は学術研究と政策研究の間のギャップの問題を指摘した。学会や大学の評価システムが政策研究を重視しておらず、若い研究者が政策研究に取り組む意欲を持てない状況がある。
 「研究者が政策実務の意思決定に平時から携わっていれば、緊急事態では何が最優先であるか理解できる。しかし、若い研究者が政策研究をやってみようと思った時に、その研究が学会でも評価されることが担保されないと、研究に取り組めない。そのため、学会や大学の組織レベルで、政策研究をすることの価値や意義を認めることを同時にしていかないといけない。この体制を平時からつくっておかないと、緊急時にも研究者が政策研究に取り組めない」と述べた。

 また、小林氏は「人間は間違いを犯す存在だ。非常時には、専門家や政策担当者もパニックに陥りやすく、正しい判断が難しい。それを前提とし、会議での発言など公文書として残し、意思決定のプロセスを振り返れるような仕組みを作るべきだ」と提案した。
 一方、米国では大統領執務室の会話がすべて録音され、数年後に公開される。「誰しも自分の失敗を明るみに出されるのは嫌だが、そういう社会の覚悟というか、そうすることによって社会が良くなるのだという認識を、社会で共有できるかが重要だ」と述べた。

 山縣氏は人材育成の面から「自然科学の学問だけでは解決できない社会問題が増えている現在、人文・社会科学や一般市民の役割を含めた包括的なエビデンスが求められる。そのためには、複数の専門性を持つ研究者の育成が重要であり、異分野間での協力やコミュニケーションを円滑にするために、大学や教育機関がその機能を強化すべきだ。さらに、人生を通じて学び続ける環境づくりとその人材が活躍できる場の提供、それに対する国の投資も必要だ」と提言した。

 世界保健機関WHOが2023年5月に緊急事態宣言の終了を発表し、コロナ禍は終わったものという雰囲気になっているが、まだ感染は続いている。新たな変異株や、別のパンデミックもいつ発生してもおかしくない。
 3名各々の専門分野の観点に基づく本対談を通じて、危機対応における検証の重要性、政策決定にエビデンスはどのように使われるべきか、そして専門家のあり方における課題などがあらめて示された。これらの議論がこの場にとどまらず、専門家や政策担当者、そして一般市民とのインタラクションを通して、次に活かされることを望む。

第2回に続く


(取材 小出直史、黒河昭雄、文・小熊みどり、編集・森田由子)

(編集後記)
 本記事は、JST-RISTEX「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」と日本学術振興会(JSPS)先導的人文学・社会科学研究推進事業 学術知共創プログラム 課題A「コロナ危機から視る政策形成過程における専門家のあり方」の共同企画として実施した座談会をもとに作成した。新型コロナ対策はさまざまな角度から考察・検討されているものの、各検討を同じテーブルに並べる試みは少ない。本企画は、そういった問題意識から両プログラムに共通する問題関心であるコロナ禍における科学的助言と政策形成のあり方について、プログラム横断的な対談を通してプログラム単体では得難い論点の探索や視座の共有を意図して企画されたものである。